Act8.幾夜 ~少女の大いなる悩み~
第14話
名作の部屋の椅子には、この近くの高校のスクールバッグが置かれている。
七年間の月日は少女に『名作の部屋』の外にある重厚な外国文学を手に取らせるようになった。
ただ、児童書への愛は変わらないらしく、好んで購入した文庫本をこの部屋で読んでいく。今は大人向けのロシア文学の棚に出張中なので、何冊も教科書が入った大荷物の監督を、幾夜が蔵書管理ついでに申し出たところである。
ある程度仕事を終えてふとテーブルの上を見ると、開いた単行本の上に、ノートらしきものが重ねてある。
丸まったいかにも女子高生らしい字でなにか書いてある。
ごーごー、前進あるのみ!
次キュンときたタイミングでこくっちゃえ。
軽く嘆息する。
しっかりしているようで、夢未はどこかぬけている。
十中八九、学校の友達とのやりとりが書かれたノートだろう。こういう私的なものを広げたままにしておくなんて。
悪気はないのだろうが、ともすれば誤解を招きかねないその無防備さがどうにも危なっかしくてかなわない。
世渡り下手というかなんというか。
上の部分に、丁寧な字でなにかぎっしり書いてある。
おそらくこちらが、夢未の筆跡だろう。
相談っていうのはね、考えてみたんだけど、やっぱり好きなのかもしれない。その人のこと。
ぱたんとノートを閉じた。
故意にのぞいたわけではないとはいえ、かすかな罪悪感が胸をかすめる。
考えてみればそういう年頃か。
あの小さかった少女が。
「ただいまです」
ドアを開ける音とともに聞こえてきた愛らしい声に、あわててノートをもとの位置に戻す。
「お帰り」
振り向くと同時に、部屋に入って来た彼女を見て、幾夜は半歩あとずさった。
グレーのスカートに、エンブレムの入った紺色のブレザー、ブラウスの首元には赤いリボン。制服姿もすっかり板についてきた彼女は、目をぎらぎらさせて、丸い頬が蒸気している。
ずんずんと進んで、机の上にどしりとドストエフスキーの大作を置いたかと思うと、息も荒くむんずとその前に腰かける。
めずらしい。ご機嫌ななめのようだ。
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