第15話
むずかしいこの年頃のことだから、そっとしておいたほうが賢明かとも思ったが、結局ほうっておけずに声をかける。
「なにかあったの」
「さっき、単行本コーナーで、クラスで仲よしの子に会って。放課後教室で起きた事件の報告をしてくれて」
「はぁ。事件」
「……星崎さん」
くるっと向けられた顔は、悔しさにゆがみ、いっそう赤みが増していた。
「わたしって、恋愛対象外ですか。可能性をランクにすると、欄外ですか」
「え、可能性ってなんの?」
一瞬意味がつかめず問い返してしまうと、今度は夢未はうつむいた。
「美人じゃないし暗いし、本オタクでなに考えてるかわからないから。男の子にとってはそうなんです」
数秒間をおいて、なにがあったか、だいたい把握する。
「同級生の一人や二人の言うことなんか、ほうっておきなよ」
そう言うと、夢未はじとっと、こちらを睨んだ。
ふだんが大人しい少女なだけに、迫力満点である。
「裏広報誌づくりに参加してたのは、クラスの男子全員なんです!」
まずい、そうだったのか。
見事墓穴をほった。
夢未はがっと両手に顔をうずめて、うめくように続ける。
「カレシできる見込みまずないって、コメントまで」
そこにとくに傷ついたらしい。
両手の隙間からくぐもった声がどこか滑稽に響く。
「その場にいた女の子たちはみんなひどいって怒ってくれたらしいけど、それはつまり、みんな広報誌のこと知ってるってことで」
そうかと思うと、少女はまた勢いよく顔をあげた。
「だからわたし、言ってやろうと思うんです。カレシなんかいらない、独立の人生を歩むって!」
「あぁ、うん」
なかなか気骨がある。
そうほめようかと思ったら、夢未はずずっと哀れっぽく鼻をすすった。
「でも、ほんとは……うっ。ううっ」
まいったな、と幾夜は額をおさえた。
多感な年頃にはきつい出来事とわかりつつ、彼女の泣き顔は久しぶりだ。
女の子に泣かれるのは具合が悪い。
どうなぐさめるべきか思案していると、夢未がまた顔を上げ。
続く絶叫。
「ものすごく、カレシがほしいの~」
「……ふっ」
「星崎さん? なんでそっち見て震えてるんですか」
「いや、なんでもないよ」
こみあげる笑いをなんとかおさめる。
「もしかして、笑ってるんですか?」
おさえきれていなかったようなので、開き直って、遠慮なく笑わせてもらう。
「ひどい。わたし真剣に悩んでるんです」
「ごめん」
謝りつつも、笑いはとまってくれない。
「わたしってふつうじゃないから。みんながかんたんに手に入れるものも、わたしの人生には、きっと転がってないんです。このまま、一生カレシができなかったらどうしよう」
「今から思い煩わないことだろうね。実際、きみはとってもかわいいよ。心底」
「星崎さんの意見は、広報誌に反映されません。……恋人じゃなく、妹としてかわいいって言われたって」
くしゃっとゆがめた小さな顔を見て、はたと思い至る。
好きな人がいるとかなんとか、彼女はノートに書いていなかったか。
その交際範囲からして相手は学校のクラスメートだろうから、その男子にも対象外とみなされたことになる。
この年頃の女の子が好意を寄せる異性にそんなことを言われたらそれは、計り知れないショックだろう。
そう考えると、みょうなことに、今度は腹が立ってくる。
「……夢ちゃん、恋人づくりに励むのはまぁ、いいけど」
小さかったころのように視線をあわせて、忠告する。
「かげで女性が傷つくことをする男をこっちから相手にするのはやめなさい」
口に出すと、不快感は増した。
夢未の相談が書かれたノートに返事を書いた友達にしたって、前進あるのみもないものだ。女性番付をつくって喜んでいるような男にときめきもなにもあるものか。
まぁ、それは自分の意見であって、最終的に選ぶのは本人なのであるが。
りすのような目をふしぎそうにしばたたかせる彼女を見ると、一瞬顔を出した理性も掻き消える。
「いや、やっぱりだめだ。そんな彼氏なんて、オレが許さない」
さっと、夢未の頬の赤みが増した。
それを見て、まずいかなと思う。
よけいにご機嫌を損ねてしまったかもしれない。
「……それじゃ」
夢未は、すーっと息をすいこんだ。
なにかを思いきるように、一気に吐き出す。
「わたしを、星崎さんのお嫁さんにしてください」
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