第43話
星降る書店を五分くらい歩いたところにある帯紙公園の木陰のベンチで、お互い缶ジュースを手にわたしたちは座っていました。
公園を入ったところにある自動販売機で、小夏さんがおごってあげる、と差し出してくれたものです。
「まずは乾杯」
そう言われて、あわせた缶ジュース。
残暑が厳しい季節。みかんのさわやかな風味が喉に心地よく流れていきます。
「星降る書店の常連さんなんだって?」
ジュースを一気に飲んで、ぷはっという息とともに、小夏さんが言いました。
「はい」
小夏さんは額に人差し指をあてて、がくりと頭をもたげました。
「文学少女か。こりゃ強敵だわね」
強敵なんてインパクトの強い言葉のわりに小夏さんの口調はどこかおどけていて、さほど深刻度はありませんでした。
それでも、わたしは缶ジュースを両手で握ってベンチの前の砂利にかかっている自分の影に視線を落としました。
なんだかちょっぴり、決まりが悪かったのです。
本が好きで星降る書店に通っているというのはほんとうですが、別の目的も多くを占めるというのも、事実なわけで。
「あんまりお仕事の邪魔をしたらいけないとは思ってるんですけど……」
小夏さんは、遊具でたわむれる小さな子たちにまっすぐ視線を投げかけ、長くてかっこいい足を組んで、ベンチの背もたれに片手をかけました。
「幾夜はあたしにとって、おにいちゃんみたいなものだった」
そんなふうに、彼女は切り出しました。
「幼いころにいた施設では毎日のようにみんなに本を読んでくれて。夜怖くて泣きべそをかいていると、いつの間にか彼も起きてきて、ずっとなぐさめてくれるの」
「……」
話を聴きながら、知らず、制服の上から、胸にかすかに触れていました。
まるでわたし自身が、たった今悪夢から目覚めて頭をなでられているように、胸がつかまれたようにきゅっとしまるような感覚。
「そんなことが続いて、大人になっても、助けてくれるのが当たり前の存在になって。……いつからかな。ずっといっしょにいたいなって思うようになった」
ここへきてはじめて、甘い痛みが、くっきりとした苦味へと変わります。
小夏さん、やっぱり星崎さんのことを。
思わず見上げたそのきれいな顔は、今までとは別人のように、きりりと引き締まっていました。
「幾夜、あなたのこと、たった一言、いい子だって言ってたけど」
子どもたちを映すその瞳が、どこかまぶしそうにすがめられます。
「その一瞬、見たこともないくらい、安らいだ目をしていた」
どきん、と心が弾みます。
まるで魔法の宝石を投げかけられた水面のように、音楽的に跳ねて、踊るような波紋が広がっていき――。
「それで、気になったの。あなたのなにが、幾夜を惹きつけるんだろうって」
――星崎さんをわたしに惹きつけるもの。
その思考に導かれたとき、せっかく広がったきらめきが、徐々にしぼんでいきます。
あまりに、自信がなさすぎて。
わたしは、うつむいてしまったのです。
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