Act31.幾夜 ~矛盾を突かれて~
第86話
本の外の世界に戻ってきた冒険者たちの憩いのカフェ『メルヘンの森』の、白やミルキーピンクの小花が飾られたガラステーブルに、夢未と幾夜は腰かけている。
「えっと、『ラプンツェルの髪のパスタ』と、『パディントンも大好き! マーマレード・レモネード』で」
パディントン、と言ったところで戦利品のくまの腕を抱え、嬉々と眺めつつ。
だがそれでも、なんだか負けたような感がぬぐえない夢未である。
「オレは……コーヒーで」
注文を取り終えたウェイトレスが一礼して去って行くと、夢未は眉をつり上げた。
「星崎さん。だめです。ちゃんと、『ホッツェンプロッツから取り返したコーヒーひきでひいた黒い森のコーヒー』って言わなきゃ」
メニュー表二段に渡る長いメニュー名に息をつきつつ、
「次に彼氏と来たときには、言ってもらいなさい」
軽く流すと、
「謎解きのいいところをズバッともっていっちゃって、射撃でパディントンを射止めてくれるすてきなカレシ、ほかにもいるかなぁ」
視線をテーブルに落とし、夢未がなんだか落ち込んだ顔をするので、幾夜は肩をすくめた。
「まぁ夢ちゃん。焦らなくても、これからいくらでも、そんな人はできるから」
あながち、場を取り繕うためだけの言葉ではなかった。
実際、ここ数年の彼女は、驚くほどめきめきと開花していく気がする。
何日か目をかけるのを忘れていた庭のミニばらのつぼみが、半分ほど花開いていたのを見つけたのに似た心地になる瞬間が度々ある。
とくに、普段の制服から、わりに趣味のいい私服に着替えた時の威力は、軽く目がちかちかするような気さえさせる。
だが、次の一手は、完全に不覚だった。
やってきたトパーズ色のレモネードに小さく口をつけると、夢未は切り出したのである。
「……一回だけ、テスト終わりに街を歩いていたら、声をかけられて」
コーヒーカップを危うく取り落としそうになるほどには、衝撃だった。
「同い年くらいの人だったんですけど」
ひと匙のためらいもあった。だが激しく問いただしたい衝動に、ここは自分が訊いておかなければならないという謎の義務感のようなものも加わって、ついにはあふれ出す。
「……ついて行ったの?」
務めて低く落とした声のつもりだった。
レモネードから両手を外し、膝の上に置いて。
こくりと、夢未は頷いた。
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