第87話

「……きみは」

 無意識に、幾夜はテーブルの上を拳で抑えた。軽くめまいさえしてくるのは、あながち気のせいではない気がする。

「思ったよりも浅はかだったようだ。以前怖い目に遭ったのを忘れたの」

 少女の唇のその小さな歪みが表すのは、かすかな反発。



「だって、悪い人じゃなさそうでした。それに」

 とたんにくしゃっと顔全体をゆがめ、夢未は顔を覆った。

「わたしみたいな、カレシのできる見込みのない女子は、こういうの、いったん逃したらもうないかもって」

「……」



 握ったこぶしに知らず、力が加わる。

 遅ればせながら、そんな記事を書いたという彼女のクラスメイトの右手をかみちぎってやりたくなる。

 媚態や計算とは縁遠いところにいるのが、この少女の魅力であり、だからこそ余計な虫がつく心配はないと高をくくっていたが、あろうことかその美点が見事なまでに、かくのごとく反作用を引き起こすとは。



「なにもなかったんだろうね」

「……それが」

 自然、身がこわばる。

「ふしぎだったんです。お茶しないかって誘われて、いっそそれもいいかな、でも、あんまりついてく勇気まで出ないって思ったところまでは覚えてるんですけど、返事をした記憶がなくて。……気がついたらいつの間にかカフェで向かい合っていて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る