第48話

 通された応接室で、出された紅茶を一口、口に含むと、少しだけ、ショックが落ち着いていったように思えました。

 その女の人は、遠野さんといって、創設当初からこの栞の園の院長をなさっているのだそうです。


 

「ご家庭で、なにかつらいことがあったのですか」

 部屋に通されてさいしょに、窺うようにそう問われて、どきりと心臓が跳ねました。

 遠野さんは、控えめに微笑んで、

「念のために伺ったの。ここは施設の性質上、たまにそういう方が訪ねてこられるものだから。――辛い目に遭っている子ども本人がやってくるというケースは、そうないのだけれど」

 専門機関に相談しなさいという、星崎さんの声が、一瞬脳裏をよぎったけれど、わたしは黙って、首を横に振りました。



「十三年前、ここに来た男の子のことが、知りたくて。――両親に車に置き去られて、火をつけられて、酷い目に遭った」

「そう。あのことをお知りになりたいと」

 わたしの説明に、遠野さんの表情がこわばりました。

「でも、どうして? あなたのようなお若い方が」

 ぐっと、唇を引き結び、わたしは言葉を継ぎました。



「ここの出身で、わたしにとてもよくしてくれる人がいるんです。もしかしたらその男の子が、その人かもしれなくて」

 ぐっとこぶしを握り、遠野さんを正面から見据えて、告げます。

「そんなこと、星崎さんが一人で抱えているなんて。そんなのわたし――」

 一言一言をかみ殺してしまうかのように言った言葉は、意味を成していたかどうか。

 でも、整然とした意味より感情を多く体現した言葉が、かえってこの院長さんの理解を得られたのだ、とわたしは信じることにしました。

 彼女が、しわのある顔でにっこりと、それは嬉しそうに笑ってくれたからです。

「そう。幾夜くんのお知り合いの方なのね」

 わたしは必死に、彼とわたし自身との結びつきを、遠野さんに訴えていきました。



 本野夢未というわたしの名前。

 星崎さんとは、書店で知り合ったこと。

 ぬいぐるみのお泊り会に参加させてくれて、お話し会をきかせてくれたというきっかけ。

 お父さんに放っておかれてただ茫然としていたところを、家に送ってくれたということすら、もう隠しませんでした。

「そう。子どものことから、まったく変わっていないのね。あの子は」

 感じ入るようにしばし閉じ、再び開いたその目に、真剣なまなざしをたたえていました。

「残念ながら、あの子のほんとうの両親については、あまり語れることはありません。事件後、その身柄はすぐに警察に渡ってしまったというのと」

 そこまで言うと一度言葉を切り、遠山さんは視線を膝の上に落としました。

「幾夜くんも、じつの両親のことはわたしたちにもほとんど話そうとしなかったから」

 そして懐かしむように、窓の外の花壇を見つめ、



「壮絶な体験をまるで感じさせない、優しい子だった。年下の子どもたちの面倒もよく見てくれて、頭もよくて、わたしたちが見逃しているようなことも、よく気がついて」

 涙の景色の中に、ほんの少しの陽だまりをみつけたような気持ちになりました。

 推理通りです。

「でも、そんなあの子の行く末のことは、正直、ほかのどの児童より心配だったわ。その奇特な性質と反比例するように、その運命が悲惨だったから」

 唾を飲みこんで、わたしは、院長の次の言葉を待ちました。



「この児童施設に来てから、幾夜くんの里親さんになるために何人かの人たちが書類を出してくれていた。でもそのたびに、職員室にある書類が、何者かに焼き捨てられていて」

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