第33話

 車で十五分、ついたところは、寂れた街角だった。

 常緑樹に挟まれた大道路を通りたどりついた栞町大学は唯一、近代的な香りがしたが、休日の今日は自習やサークル活動にきた学生がちらほら見えるだけだ。

 幾夜はその敷地の裏に車をとめた。



 ワンピース姿の夢未を気遣いつつ、しばらく坂道を進むと、バス停を兼ねた小さな休憩所が見えてくる。

 荒れた草地と、古びた木造のベンチがぽつんとあるだけのその場所は、スペースにしてわずか三畳ほど。

 砂利道に苦心する夢未の手を引いて、ベンチに座らせる。

 その目が珍しそうに、あたりを見渡す。栞山の山間。目的地はここなのか、と向けられた視線が言っていた。

 幾夜は微笑だけで応えると、休憩所の奥に歩いていく。



 西日はそろそろ落ちる。頃あいだ。

 覆いかぶさる木の枝をつかんで引き寄せると、その向こうの景色があらわになる。

 夢未が息を飲む音が、澄んだ空気ごしに伝わる。



 それは夜にだけ姿を見せる宝石の海だった。

 ルビーもサファイアも、ダイアモンドもある。

 大都会でも有数の観光地でもない、どこにでもあるこの街が、夕闇の祝福を受けて光っていた。

「きみが小さいころ言っていた夜の女王も、そう意地悪でもないでしょ」

「……はい」

 自分で返事をしているのがわかっているのか。

「星崎さん、いつ見つけたんですか? こんなすごいところ」

 目と口を開けて、あっけにとられている夢未を見て満足する。

 じつのところ、宝石の海より、自分の目的はこれだったから。

「大学時代。さっきのきみみたいに勉強に疲れて、散策してたときね」

 幾夜は夢未のとなりに腰かけた。

 途中コンビニによって買った缶の紅茶とサンドイッチで乾杯する。



「星崎さん」

 ストレートティーで喉を潤すと、夢未が言った。

「星崎さんは、どうしてわたしによくしてくれるんですか。たまたま、七年前お仕事場の本屋さんに来ただけのわたしに」

 快い夕風が、片方、編み込みのふさをさらって流れていく。

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