第84話
本の中の空を出ると、見えてきたのは小さな小屋のような建物だった。
卵色の屋根に、木彫りの壁。
立て札にはこう書いてある。『本の外へ帰る前に寄る土産屋』。
「最後の謎解きポイントだね」
幾夜の言葉に両腕をぐっと握りしめ、夢未が気合も新たに、ドアをくぐった。
問七 この店で商品を購入するには、本の中の言葉で注文しなくてはならない。
『時間を奪うもの』はたばこ。
『幸せがはじまるもの』は松葉づえ。
では、
『ふしぎの国では羽を持ち、どこでもない家の朝食の中にあるもの』とは、なにを示す言葉か?
答え
『時間を奪うもの』がたばこなのは、ミヒャエル・エンデの『モモ』からだ。あの本の中に現れる時間泥棒たちは、たばこをふかし、時間を消費することによって生きている。
そして、『幸せがはじまるもの』は……。
「エレノア・ポーターの作品『少女ポリアンナ』の中で、ポリアンナが、幸せゲームをはじめるきっかけになった出来事のことだね。きっと」
ポリアンナの父が働く教会に寄付されたのが松葉づえ。ほしかった人形ではないことに一度は落胆するポリアンナだったが、こう考えることにする。松葉づえが必要な身体でなくてよかった。
「それが、一見悪い出来事の中に幸せを見つけるポリアンナ独自の『幸せゲーム』がはじまる第一歩だった」
「星崎さん~。文学博士の解説とらないでください」
「いいじゃない、最後くらい」
夢未の講義を軽くかわし、幾夜は続ける。
「どこにでもない家。これはもちろん、『モモ』にでてくる家だね」
「モモがそこにたどり着いて、時間を司るマイスター・ホラが出してくれえる朝食。あれすっごくおいしそうで」
先に言われまいと、早口でまくし立てる夢未に、幾夜も負けじとすらすらと知識を披露する。
「『ふしぎの国のアリス』のお茶会にも、それは登場していたよね」
「テーブルの上にあるそれに羽が生えて、飛んで行っちゃう。答えはバタつきパンです!」
問いの最後の欄を埋めると、夢未はわーっと歓声を上げる。
「これで全問クリア! パディントンの癒しぬいぐるみは目前ですね!」
にっこりと笑う夢未に、幾夜は癒されたような心地を噛み締めた。
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