Act5.夢未 ~名作ヒロインの共通点~
第9話
それからその本屋さんに毎日のように通うようになりました。
おにいさんはお仕事が忙しいようで、毎回会えるというわけではなかったけれど、それでもよく本を並べたり、コーナーの整理をしに立ち寄ったときには、話しかけてくれました。
本を読んでいるとふと目をあげて、考えにひたってしまうことがあります。
『赤毛のアン』シリーズは、前にぜんぶ読んだけれど、やっぱり最初の巻がいちばん好きです。
アンがマシューおじさんにドレスを買ってもらうシーンの挿絵がとってもきれい。
このマシューさんが優しくて、好きです。
わたしのおじいちゃんは二人とも、わたしが生まれる前に亡くなってしまったらしいけれど、もしいたらこんなかんじかな? と想像します。
白いおひげにかこまれた物静かなおじいさんの絵をじっと見つめていると、横からマシューか、という声がしました。後ろを見ると、本のたくさんはいった段ボールを床に置いてその横に立膝をついたおにいさんがのぞいていました。
すばやく、その胸にある名札をのぞきます。そこには『星崎』と書いてありました。
ほしざきさん、と刻む込むように心で大切につぶやきます。
このあいだ、お名前を訊きそびれていたことに気づいて、でもいきなり本屋の人にお名前を訊くなんておかしいようにも思えて、決めていたのです。
次会えたら、胸元の名札の文字を忘れずに見ようと。
妹のマリラもなかなかいいけどね、と本を並べながら、星崎さんは続けます。
「うーん、マシューさんにくらべると、ちょっときびしい気がするけど」
マシューさんの妹のマリラさんは、落ち着いた女の人で、ちょっぴり毒舌です。
たとえば? うーん、そうだな。
孤児院からマシューさんマリラさん兄妹のもとにやってきたアンは、二人がほしかったのは力仕事ができる男の子だと知って、号泣。とにかく何かお食べと言うマリラさんに、訴えます。おばさんは絶望のどん底にいるとき、ものが食べられて? するとマリラさんは表情を変えずに一言。さぁ、絶望のどん底とかいうところには、いたことがないもんでね。
こんなシーンもあります。おてんばがすぎて、屋根のてっぺんから落っこちてしまい、ケガをしてベッドで休んでいるとき、退屈なアンが、お友達や憧れの人について、たくさんのおしゃべりをマリラさんに語って聴かせるんです。一ページ以上にわたるなが~いおしゃべりのあと、マリラさんはあきれ顔で、こう言うの。屋根から落ちても、あんたのその舌だけは無事だったらしいね。
マリラさんがきびしいのはたしかなんだけど、アンのコミカルな明るさとのコントラストが、どこか漫才みたいなんです。
「あの人のよさは大人になるとわかる。たしかにふだんは質素で厳格だけど、マリラもアンのことが大好きなんだよ。 今でいうツンデレに近いんじゃない」
「えーっ」
ツンデレって、かわいい女の子とかに使うのに。
マリラさんみたいないつでもどっしりとかまえてるような女の人にその言葉? 笑いといっしょに転がり出るように言葉がでてきました。
「わたし、やっぱり好きです。マリラさんも、それからアンも」
「アンのどんなところが好き?」
そう訊かれるのをずっと待っていたように、言葉が出ました。
「元気で想像力がすごくて、ロマンチストで、あと、失敗をいっぱいして。わたしと似てるなって思うから」
「でも、違うところもあるよね」
優しいけれどどこか含みのある彼の視線の意図を図りかねて首をかしげると、星崎さんは言いました。
「アンって、全身で泣いたり怒ったりするでしょ。なんとなく、きみはそうするまえに、がまんしてしまうほうに見える」
どくんと、胸の中で音がしました。
なんだろう。
びっくりにもどきどきにも似ていて、それでいてどちらとも違うこの気持ち。
胸元のボタンを外されて、そこにある傷にそっとガーゼをあてがわれたようなとでも言ったらいいでしょうか。
恥ずかしいような嬉しいような。そして切なくてもどかしい。
子どもにはとうてい説明ができない気持ちをこのとき、わたしはたしかに味わっていました。
「栞町のアン・シャーリーさんの名前は?」
すぐに、その複雑な気持ちは、はっきりとした感情にとって代わります。
目の前の人に名前を尋ねてもらえたことへの喜び。
「
なるべくはっきり聞こえるように気をつけて名乗ると、ふいに星崎さんが言いました。
「寂しいかい、夢ちゃん」
「えっ」
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