第31話

「わたしの、将来」



 言葉に導かれて、機械的に入ってきた将来というイメージ。

 その画像は完全なまでの空欄でした。

 ただ、一本の黒い線が引かれていて、それは「今」から延々と続いている、長い線でした。

 怒鳴られ、殴られ、痛めつけられる日常がずっと続いていく。

 その線をなるべく今まで見ないようにしてきました。

 でも今、その果てのなさがくっきりと見えてしまったのでした。

 明日殺されるかもしれない恐怖について、ぼろぼろの足元に視線を落としながら訴えているわたしと、将来のお金の不自由はさせないと訴えるお母さん。

 その決して交わることのない理論の裂け目も。

 それらを呆然と見て立っているこのくたびれた素足からかすかな声がします。



 ……違うの。

 今必要なのは、それじゃないんだと、足は言っているのです。

 お母さん、わたしには、この足が踏みしめるための、あたたかい土が必要なのです。

 毎朝起きたらおはようと、外から帰ってきたらおかえりと言ってくれること。

 時々他愛ない話をしあうこと。

 時々けんかをしてもいつの間にか、けとりとして食卓をかこっていること。

 そういうものをとりもどす努力をすると、今お母さんが言ってくれさえしたなら、大学の学費のことなんて――今通っている高校の学費のことだって、目下打ち切ると言われてもいいのに。



「でも、なんとかやっているみたいでよかったわ」



 でも、そんな立派な口上もしょせんは、私の中での独り舞台でした。



 訴えかけたい観客はすでに席を立って。

「それじゃ、お母さん、まだ仕事が残っているから。元気でね」

 いいえ、さいしょから演目を見ようという気すら、なかったのかもしれません。

 もはやスポットライトに見放されたその場所で、わたしはしばらく目を見開いたまま、微動だにしませんでした。

 自分を主役にすることなく、終わってしまった自分の舞台を、道化師のようにぽかんと見つめていて。



 席を立って家に帰らなければならないことを思い出したのは、カフェの店員さんがラストオーダーの時間だと告げにきたときでした。

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