Act10.幾夜 ~みどりの指の天使~
第17話
恋人ほしさに、自分と結婚するなどと言うから、早まるなと諭すと、夢未はまたじっと考え込んでしまった。
幾夜は苦笑しつつ、律儀に自分の言葉を咀嚼しようと奮闘する彼女を見守る。
たしかにこの少女は、人々の思うふつうの幸せというものについて言えば、いろいろとつかみそこねている。
人並以上の傷を知っていながら、己の利のために立ち回るにはあまりに純粋すぎた。
「夢ちゃん、きみのように」
その肩にそっと触れる。
「ふつうのものをつかめない人っていうのは、すでになにか一つのものを手に持っているんじゃないかな」
周りの棚を見渡せば、七年前から依然としてある子どもの物語群が並ぶ。
その中にひときわ美しい草花の模様で装丁された本が目に留まる。
「『みどりの指』の主人公が、ふしぎな親指で世界に花々をしきつめていく、あのかんじに似ている。なにかをもらうためじゃなく、与えるために生まれてきた。きっと、そういう子なんだよ、きみは」
だいぶ大人びてはきたが、まだかすかに幼さの残る上気した頬が、かすかにゆるむ。
「わたし、天使ですか。あの本のチトみたいな?」
そう。人間界では風変わりだったその子は天使だった。
ためらわずにうなずくと、照れたように、それでいて不満そうに彼女は窓の向こうを眺め出した。
「そういうこと、深い意味もなく言うから、だから星崎さんは」
もごもごと口を動かすその様子がどうしてかおかしくて、もっと見ていようかと考えた直後、ふいに背中に戦慄が走った。
近い未来、彼女に羽が生えて、空に帰ってしまう様子がありありと浮かんだのだ。
ばかげていると、残像をすぐに打ち消したそうとしたが、なかなか消えてくれない。
あ、いっけないと、すっかり陽気になった声が耳をかすめていく。
「もうこんな時間。帰って勉強しなきゃ。また来ます。星崎さん――ありがとう」
ぱたぱたと夢未が部屋を去ったあとも、幾夜はしばらくその場に立ち尽くしていた。
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