ヴィラ島沖海戦(九)

 空間が弾けた。そうとしか思えないような衝撃の余波が届いてウェリエルの翼を震わせる。


 聖なる光、とでも言うのだろうか。目もくらまんばかりの純白の光がサリエルの全身を包み、それが収まった後の空間には異形の生物が顕現していた。


 身長三メートルはあろうかという巨体、背中には四枚の翼、肩の上に乗るのは左右二つの頭部。双頭のそれぞれが白皙はくせきの美貌と白金の髪プラチナブロンドを有しているという事実は、神々こうごうしさではなく禍々まがまがしさの上塗りにしかなっていない。




 これが力天使ヴァーチェサリエルの真の姿。ソロネがそうであるように、この天使も普段は力を制御していたのだろうか。先程までとはまるで異なる威圧感に肌が粟立あわだつ。


虚仮こけ脅しだ! ボクがそんなものでビビるもんか!」


 カンナ少尉は自らを奮い立たせるように言い放ち、右手の七・七ミリ魔銃を連射しつつ推力を全開、さらに螺旋機動バレルロールで肉迫しつつ左手の魔剣サーベルを叩きつける。まさに天才にしかできない機動、だがそれは白く輝く聖剣によってむなしくはばまれた。


 瞬間、サリエルが四枚の翼を折り畳み、次いで一杯に展開した。そこから射出された無数の光り輝く羽根が一撃のもとに物理障壁フィジカルコートを消し飛ばす。悲鳴を上げる間もなく若すぎる命が大空に散った、かに見えた。


「力量差も考えずに突っ込むな、阿呆が」


 カンナちゃんを小脇に抱えて射線の外に逃れたサツキ少佐が吐き捨てる、だがその黒い翼には無数の穴が穿うがたれ、物理障壁フィジカルコートを消失したばかりか左腕から血をしたたらせている。


「くそっ、これじゃボクが弱いみたいじゃないか!」


「ふん、かばわれたのが悔しければ強くなることだな」


「悔しくなんかないやい!」


 ののしり合いつつ左右に分かれた新旧二人の撃墜王エース、サリエルを中心に螺旋らせん状の軌跡を描きつつ銃身が焼けんばかりの猛攻を浴びせかける。

 到底私の目では追いつかないそれを天使はいとも簡単に回避、そればかりか手負いの魔女に聖剣を振りかざし肉迫する。力の差は明らか、このままでは危ういと見た私は決断を下した。


「援護します! いくよ、ソロネ!」


「うん!」


 もうこの子に頼るしかない。牽制のために放った七・七ミリ魔銃弾は苦もなくかわされたが、それでいい。距離をとったサツキ少佐に代わってソロネが左手だけを悪魔のそれに変化させ、怨敵を引き裂かんと鉤爪かぎづめを光らせる。悪魔の左手は裂傷と引き換えに天使の聖剣を折り砕き、勝機と見た私達は動きの止まった敵に斉射を浴びせるべく同時に引金トリガーを引いた、のだけれど。


 再びサリエルが翼を折り畳み、直後に展開。八方に放たれた純白の羽根が悪魔の身体に弾け、魔女の翼をことごとく撃ち抜いた。


『複数の被弾を確認。物理障壁フィジカルコート消失、翼部損傷率四十二パーセント』


「嘘でしょ!? こんな……」


 全方位に向けて無数に放ったうちの数弾が命中しただけでこの損傷、いくら何でも力の差がありすぎる。

 見ればサツキ少佐もカンナ少尉も同じような有様だ。ソロネが真の力を解放すれば負けることはないだろうが、こんなところで皇国の切り札と言える力を使って良いものか。いや、そもそも魔力が枯渇している彼女があの姿に変化できるかどうか……


 左右の顔に秀麗な微笑をたたえつつ、三度みたび翼を折り畳むサリエル。あれが広げられたとき私達の身体は無数の羽根を浴びて血を噴き、異国の空にちていくのだろう。これまで見送ってきた仲間達と同じように。


「回避しろ!」


 サツキ少佐の声で我に返り、次いで自分の目を疑った。律動的リズミカルな破裂音とともに空を切り裂いたのは光の羽根ではなく実弾、それは無防備な天使の背中に着弾して白い羽と赤い血を跳ね上げた。


「機銃弾!?」


 私が思わず言葉に出したのは、それほど意外だったからだ。サリエルの後背から殺意もあらわに乱入したのは濃緑色の機体に赤丸を描いた一式戦闘機、単発発動機エンジンうならせて推力全開フルスロットルのまま戦域に突入し、機首のプロペラでサリエルを切り刻まんとする。さすがに第五位階天使とて肝をつぶしたのだろう、二つの顔をゆがめつつ緊急回避。姿勢を立て直そうとしたところに二人の撃墜王エースから斉射を浴びて新たに血と羽根を散らした。


「ちっ、無茶なことを」


 まったく、とサツキ少佐のつぶやきに同意する。三メートルはあろう巨体にまともに突入すれば一式戦とて無事には済まないだろう、僅かに操縦を誤れば私達を巻き込む可能性だってある。それに激突してプロペラや主翼が破損すれば墜落はまぬがれない、こんな無茶をする操縦士パイロットなんて……実は心当たりがある。


 通算撃墜数七十二、これまでに損壊させた搭乗機二十一。破壊王クラッシャーと呼ばれた男が、カデクル戦闘機隊にいたはずだ。



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