三魔戦誕生(三)

呑気のんきなものだな。死ぬぞ、お前達」


 着古したどころか穴だらけの飛行服、乱れた黒髪に鋭い眼光、猛禽もうきんのような金色の瞳。少佐を表す階級章が無かったとしても私は直立不動になっていたことだろう、サツキ少佐がまとう空気はそれほど威圧感に満ちていた。

 だがそれを物ともせずに言い返したのはカンナ少尉。両手を腰に当てつつ下から覗き込むように首をかしげる。


「誰に言ってるのかなあ? ボクをあのカンナ少尉と知ってのことかなあ?」


「おい、ガキはちゃんとしつけておけ」


 それは目の前の相手ではなく、航空眼鏡フライトゴーグルを額に乗せて栗色の髪をなびかせつつ現れたユリエ少尉に向けての言葉だった。


「後で言っておくわ。可愛い後輩ちゃんをあまり怖がらせないでもらえる?」


「ひよこのまま戦死するよりだろう。甘やかすのも大概にしろ」


「今どきの子は褒めて伸ばさなきゃ。そんなんじゃ誰もいなくなっちゃうわよ」


「厳しくしつければ去り、甘やかせば死ぬ。同じことだ」


 くるりと背を向けたサツキ少佐、「いーっ」とばかりに歯を剥き出すカンナちゃん、たぶん意味もわからず真似をして「いー」をするソロネ。やや険悪になった場をまとめたのはやはりユリエさんだった。


「さあ、ミーティングするわよ。予定通り一六〇〇ヒトロクマルマル時に第一会議室ね」




 新しく編成された三魔戦、第三魔女航空戦隊の十二名は、隊長のユリエ少尉を除けば全員が十五歳から十七歳という若い子ばかり。副隊長のカンナ少尉もやはり十五歳と年下だった、最初はもっと年下だと思ったのは内緒だ。

 この場で最も幼く見えるソロネは水色のワンピースから覗く黒い翼を小さく畳んで、一番後ろの席にちょこんと座っている。私達人間と悪魔はあくまで同盟という関係であり、皇国軍の指揮系統の外にある。彼女が三魔戦と行動を共にするのは本人の意思であって命令ではないのだ。


「まず私から気になったことを列挙するわね。意見がある子は後で時間をとるから挙手して頂戴ちょうだい


 ユリエ少尉は見たところ二十代後半。軽くウェーブのかかった栗色の髪はいつも綺麗にかれていて、服装やお化粧もその場に合わせて様々に使い分けることができるオトナの女性だ。毎回デートの相手が違うようだけれど、そのあたりのプライベートには言及げんきゅうしないようにしている。


 そのユリエ隊長いわく、私からは完璧に見えた演習も様々な乱れがあったそうだ。服装の乱れ、集合時の私語、発艦前点検手順の抜け、発艦に要した時間、編隊飛行時の隊列のばらつき、演習終了時の私語通信、ずいぶんと細かいところを指摘するのだなと思ったのだけれど。


「一魔戦の先輩達を手本にするといいわ。彼女らが長い間戦ってこられたのは、生き延びるために必要なことを全てやってきた結果だから」


 その言葉にカンナ少尉は頬を膨らませたけれど、私とコナ准尉は顔を見合わせてうなずき合った。

 思い当たる節がある。ユリエ少尉はいつも十分前に集合場所に着いているし、黒衣ローブ眼鏡ゴーグル首巻マフラーもきっちりと身に着け、点検整備も一々いちいち指を差し声を出して確認し、作戦中に自分から私語を交わすことはない。先輩としてあるべき背中をずっと私達に見せてくれていたのだ。それを身に着けていなかったのは私達の方だった……




「あの、ユリエ少尉」


 ミーティングの帰り、廊下でユリエ少尉を呼び止めた。話の内容とは別に気になることがあったのだ。


「なあに? お姉さんでお役に立てるかしら」


 微笑を浮かべ、おどけた風を装って人差し指を唇に当てるユリエ少尉。この人を上官として一年になるけれど、何でも相談できる親しみやすいお姉さんという印象は最初からずっと変わらない。


「ええと、サツキ少佐とお知り合いなんですか?」


「そうよ。もうずいぶん前になるけれど」


 基地事務所の廊下、夕陽が差す中でしばしの立ち話。壁に背中を預けて語る妙齢の美女は絵になるなあと思いつつ耳を傾ける。ユリエ少尉は十年ほど前、第一魔女航空戦隊に所属していたそうだ。


 当時から戦艦ヒラヌマに搭乗して現在の隊長であるルミナ少佐や副隊長サツキ少佐と共に南洋諸島を転戦し、数々の戦果を挙げると同時に多くの仲間を見送ってきた。そのような日々を送るうち「若気の至り」で「できちゃった」ため、二十歳そこそこで退官したのだそうだ。


「へええ。じゃあお子さんがいるんですね」


「死んだわ。夫と一緒に、五年前にね」


「え……」


 結婚して夫の実家があるイナ州で新しい生活を始めた頃、ルルジア連邦の大攻勢に巻き込まれて夫と生まれたばかりの子供を失い、一人になったことで再び空に舞い戻ったのだという。


「まあ、そういう訳。お姉さんも若い頃は色々あったのよ」


 向けられた微笑と明るい声をそのまま受け取ることなど到底できず、何も言うことができず、私はただ「何でも相談できる素敵なお姉さん」の背中を見送った。


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