三魔戦誕生(四)


 空に漂う灰色の雲のためでもなかろうが、戦艦クラマ後部の飛行甲板には張り詰めた空気が漂っていた。無理もない、私達三魔戦はこれから第一魔女航空戦隊、通称一魔戦と模擬戦を行うのだから。


 一魔戦。世界最強、向かうところ敵なしと噂される十二名の魔女。ベール海峡、サルマク泊地、ファーカス島、いくつもの激戦地を転戦して数多あまたの天使を葬り去ったという。

 隊員の全てが五機撃墜の勇士に与えられる『撃墜王エース』の称号を有しており、ここ半年の戦死者はゼロ。鋼の規律で彼女らを束ねるのはルミナ少佐、歴代一位二〇二機撃墜の生ける伝説。到底私達のようなかなうような相手ではないのだけれど――――


「いくぞ! 発艦テイクオフ!」


 敵愾心てきがいしんあらわに勢いよく舞い上がったのはカンナ少尉。未熟者揃いの三魔戦にあって彼女だけは八十四機撃墜の天才撃墜王エースだ。あの子がいればあるいはと自分を励まして戦闘用AIに命じる。


「いくよ、ウェリエル。発艦テイクオフ!」


発艦テイクオフ


 全幅五メートル、ウェリエルの翼が湿った風をとらえてたわむ。突き上げるような風を受けて全長二二二メートルの戦艦クラマが瞬く間に小さくなっていった。




 一魔戦、彼女らの強さはその練度や鋼の規律だけではない。そもそも飛行ユニットの性能が段違いなのだ。


 全てが人工物で作られた汎用飛行ユニットと違い、ウェリエルのような特殊ユニットには天使や悪魔と同様、九段階の『位階』というものが存在する。多数の敵対者を滅すればそれが上昇し、『魔力』の総量が増加するのだ。

 増加分の魔力は消費の大きい武装を選択したり、推進力や物理障壁フィジカルコートの強度に振り分けることができるため、総合的に戦闘能力が向上する。その上昇率は一位階につき五十パーセント、つまり第九位階と第七位階とでは二・二五倍の魔力差があり、一対一ではまず勝負にならない。


 くだんの一魔戦は全員が第八階位以上の特殊飛行ユニットを駆り、ルミナ少佐に至っては第五位階に到達しているという。ほぼ全員が汎用飛行ユニットであり、唯一の例外である私も第九位階である三魔戦とは技量以前に性能が違いすぎるのだ。


「心配ないさ。ボクに任せておきなよ!」


 そう片目をつむるカンナ少尉。この戦力差をくつがえす秘策でもあるのだろうか、それとも――――




「来るわよ! 回避!」


 そう近距離通信でユリエ少尉の声を聞いた時、私は「そんな馬鹿な」と思った。

 正面に敵編隊、彼我ひがの距離はまだ七百メートル以上はあるだろう。私が装備している七・七ミリ連装魔銃の有効射程は約五百メートル、こちらの魔銃弾はまず当たらないというのに――――


 隊長機に追従して翼を右に傾けた直後、数条の赤い光が翼をかすめていった。殺傷能力のない模擬戦用のそれをまともに喰らった仲間が二人。


「コナちゃん!」


『七番機、十一番機、撃墜判定』


 戦闘用AIが無機的な声で無慈悲な結果を告げ、七番機ミクル准尉と十一番機コナ准尉が早くも戦闘空域から離脱した。


 武装が違う、命中精度が違う。一魔戦にはこちらの射程距離外から有効打を与えられる能力があるのだ。コナちゃんは頭で考える理論派であるぶん、私より「そんな馬鹿な」が占める割合が大きかったに違いない。


「ミサキ、がんばれよー」


「うん!」


 コナちゃんからの近距離通信、きっとこれも後から集中力の欠如を指摘されることだろう。ユリエ少尉はそういうところを大事にするから……そう考えてふと思い出す、隊長である彼女から敵の射程距離や戦術に関して事前に注意喚起されることはなかった。だから早くも一魔戦との実力差を思い知らされている。


「もしかして……」


『みんなの素敵なお姉さん』は、敢えて何も言わなかったのではないか。何故か? 私達に己の未熟さを自覚させるためだ。


「やったなあ!? 次はボクの番だぞ!」


 でも。そう簡単に折れそうもない鼻柱はなばしら撃墜王エースが、こちらにはいる。


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