三魔戦誕生(五)

 カンナ・イリエ少尉。若干十三歳で『魔女の森』と呼ばれる養成機関を卒業し、ミツザワ航空基地に着任して二年間で八十四機の天使を葬った撃墜王エース。感覚派で独自の空間把握能力を有し、優れた視力と身体能力で空戦の天才と称される。


「まずはキミからいくよ!」


 若すぎる撃墜王エースは単独で先行して一魔戦編隊の最後尾に食らいつき、最も弱いと思われる獲物に狙いを定めて七・七ミリ魔銃弾を……発射する寸前で回避運動に切り替えた。


「おおっと! やるなあ!」


 いつの間にか一魔戦は四機ずつの三小隊に分かれ、一小隊がカンナ機の後背に回り込んでいたのだ。カンナ少尉が翼を折り畳んで急降下、複数の弾列に空を貫かせつつ小さく旋回してその後ろに……食らいつこうとして再び回避運動。小隊が二機ずつに分かれて片方が上方から狙いを定めていた。


「ちっ! その程度でボクをとせると思うなよ!」


 その頃になると私も彼女を気にする余裕は無くなっていた。ルミナ少佐の小隊四機が間近に迫り、格闘戦を挑んできたからだ。




 飛行ユニットの位階が違えば速度が違う、武装が違う、火力が違う。十分に承知していたつもりだけれど、それだけではなかった。苦労して背後を奪ったかと思えば別の敵機が絶好の位置で狙いを定めているのに気づいて慌てて回避、立て直した頃には獲物は消えている。どこからともなく放たれる敵弾をかわせばまた別の角度から。


『被弾を確認。小破判定』


「どこから!?」


 上下左右、どこに逃げても敵ばかり。それほど味方機が落とされてしまったのだろうかと思うが確認する余裕もない。ただただかごの中の虫のように逃げ回り、ろくに反撃することもできずに背後からの直撃弾。


『十二番機、撃墜判定。戦闘空域を離脱してください』


「そんな……」


 何もできなかった、思っていた以上に。飛行ユニットの性能差以上に練度の差が大きすぎる。撃墜されるのは仕方ないとしても、一発の魔銃弾すら撃つことができなかった自分に衝撃を受けていた。


「ごめん、ウェリエル。何もできなかったよ……」


 為すすべなく次々と撃墜判定を受ける味方機。最後まで残っていたカンナ機も衆寡しゅうか敵せず、えなく複数の射線の餌食となった。




「くそっ、ずるいぞ! 寄ってたかって! 一対一なら負けないのに!」


「おい、ガキをしつけておけと言っただろうが」


 基地に戻った途端サツキ少佐に食ってかかるカンナ少尉、交戦開始から十五分で全機撃墜という結果を受けてもまだ鼻柱は折れていないようだった。


「アンタは十年で八十四機だけど、ボクはたった二年で同じ数だ。一対一ならボクの方が強いに決まってる!」


「個人の撃墜数スコアになど興味はない」


「しかもアンタ達は特殊ユニットだろ、ボクはずっと汎用はんようユニットなんだからな!」


 確かに人工的に作られた汎用はんよう飛行ユニットとは違い、悪魔の遺体から作られた特殊ユニットは同じ位階であっても若干優れた性能を有し、さらに成長の余地もある。カンナ少尉が言うことはあながち的外れではない、のだけれど……


「そうだミサキ、ボクにウェリエルをよこしなよ! ボクなら半年で第五位階まで行ってみせる、その方が皆のためになるだろ!」


「えっ……」


 なぜか矛先ほこさきがこちらに向いた。もはや駄々っ子の八つ当たりとしか思えない様子で背中のウェリエルに手を掛ける。


「やめて! ウェリエルに触らないで!」


 そこに割って入ったのは一魔戦隊長、ルミナ少佐。やはり二十代後半と見える整った容姿で、艶やかな黒髪を肩の後ろまで伸ばし、掛けられた声は優しく響くもののどこか威厳を感じさせるものだった。


「他者のユニットに触れるのは厳禁だ。知らないわけではなかろう?」


「だって、ボクの方が強いんだ! ボクだって特殊ユニットさえあれば!」


「サツキ少佐、相手をしてやってはどうかな。言葉だけではわかるまい」


「ちっ……」




 模擬戦を終えたばかりの二人はこうして訓練用の赤いランドセルユニット、通称「赤トンボ」を背負って同じ条件で基地上空で一機打ちに臨み、そして……


「おい、ちゃんと整備しておけよ。私の分もだ」


 僅か十分後。若すぎる撃墜王エースは、今度こそ打ちひしがれた様子で拳を地面に叩きつけた。



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