三魔戦誕生(六)

 港から海を眺める小柄な少女が一人。どうやらそれに飽きたのか、足元の石ころを蹴飛ばす真似をする。さらには石を拾って海に投げつけたり、かもめの群れを追い散らしたりと落ち着きがない。遠くからその様子を見ている私達に気付いていないのか、それとも見ないふりをしているのか。


「おーおー、荒れてるねえ」


「そりゃあ悔しいよね、あんな負け方したら」


「『つあたり村』されちゃったね」


 その少女、カンナ少尉について好き勝手なことを言うのはコナちゃんと私、それからソロネ。ソロネは先日観たホラー映画がとても怖くて夜中トイレに行けなくなったばかりで、どうやらそれが忘れられないらしい。


 カンナ少尉とサツキ少佐の一機打ちは、傍目はためにも実力の差が明らかなものだった。いくらカンナ機が奇異トリッキーな動きをして誘ってもサツキ機はそれに乗らず、かと思えば一度ひとたび攻勢に出れば一転。猛禽もうきんのように襲いかかって一撃のもとに仕留めてしまったのだ。


「声掛けてあげた方がいいかな」


「余計なお世話ってやつなんじゃない? ちょっと天狗てんぐになってたみたいだし」


「てんぐ?」


「そう。鼻の長ーい妖怪」


「きゃー!」


 両手で耳を塞いでしゃがみ込むソロネ。妖怪を怖がる悪魔というのも如何いかがなものだろうと首をかしげる私、その背後から足音に続いて声がした。


「ちゃお。青春真っ只中ただなかって感じね」


 今日も素敵なお姉さん、ユリエ少尉は基地内だというのにナチュラルメイクと花柄のワンピースでバッチリだ。礼儀正しく「こんにちは」と挨拶するソロネに応えて微笑を向け、続いて水切りを始めたカンナ少尉の方へ視線を移す。


「あの子はね、一度負ける必要があったのよ」


「そのためですか? 模擬戦の前に助言アドバイスが無かったのは」


「ふふ、勘のいい子は嫌いじゃないわ」


 思った通り。一魔戦との模擬戦の前に敵の射程距離や戦術に関しての情報を与えられなかったのは私達、特にカンナ少尉に自分の未熟さを自覚させるためだったのだ。あの通り嫌と言うほど実力の差を思い知らされて、まだ立ち直れずにいるけれど。


「彼女は本物よ、経験を積めば誰よりも強くなるかもしれない。だからこそ今のうちに一度折れてもらわなきゃいけないの、実戦で致命的なミスをする前にね」


 そういうものだろうか。私には天才と呼ばれるような人の気持ちはわからないけれど……


「あなた達も同じ。三魔戦に選ばれたのは未来の皇国の空を背負う子だからよ。行ってらっしゃい、何もしないうちにオバサンになっちゃダメよ」


 言葉と手で同時に背中を押されて、私達は悩める撃墜王エースのところに向かった。コナちゃんはあまり口数の多くない方だしソロネは人見知りなので、こういう時は大抵私が話しかけることになる。


「……なにさ。ボクを笑いに来たのかい?」


「ううん。カンナちゃんは凄いねって言ってたの」


「あんなにボロ負けしたのに?」


「うん! ぎゅーん! ぐいーん! ばばばばば! って。カッコよかった!」


 大袈裟おおげさな身振りを交えたソロネの擬音だらけの表現がおかしかったのか、苦いながらもカンナちゃんに笑顔が戻った。それから急に真面目な顔を作って頭を下げる。


「ミサキ、昨日はごめん。キミが大事にしてるウェリエルに手を掛けちゃった。もうしない」




 出航の日は近い。いつまでも落ち込んではいられないし、ユリエ少尉が言った通り少女の時は有限だ。


 私達はヨイザカの港を見納みおさめるために町の高台へ。私とカンナちゃんは自転車で、疲れるから嫌だと渋るコナちゃんは電動機付き自転車で、ソロネは自分の翼で。


「今日は水曜日だっけ。知ってる? 坂の上にジェラートのキッチンカーが来る日だよ」


「知ってる! 好きなの二種類選べるやつだよね」


「ええー? 坂の上まで行くのお?」


「うむ、くるしゅうない」


 カンナちゃんの提案にそれぞれの答えを返しつつペダルを踏み込み、高台へ続く坂道を上り始める。


 その姿を見送るお姉さんが「若いっていいわねえ」とつぶやいた声は、夏の終わりを告げる風に乗っても私達のところまでは届かなかった。


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