『帥』作戦発動


 聖歴一〇八年九月十八日。マヤ皇国軍統合本部は『すい作戦』を発動した。


 この日ヨイザカ港を発つのは皇国第七艦隊、戦艦『ヒラヌマ』『クラマ』、航空母艦『カデクル』、巡洋艦三、駆逐艦八。航空戦力は一式艦上戦闘機四十機、九八式艦上爆撃機三十二機、第一魔女航空戦隊十二名、第三魔女航空戦隊十二名。作戦目標はフェリペ諸島海域に展開する航空母艦『アンシャン』以下の艦隊を撃滅し、付近の制海権を確保すること。なお同行する悪魔ソロネは自発的な協力者であるため、公式にその名を記されてはいない。




 勇ましく吹き鳴らされる喇叭トランペット、舞い散る無数の紙吹雪、港で手を振る人、人、人、人、人。軍港としての歴史が長いヨイザカ港においても、これほどの規模の艦隊が一度に出撃するのは珍しいことらしい。海猫の鳴き声に交じって人々がお互いの名前を呼び合う、きっと家族が別れを惜しんでいるのだろう。


「うわあ、すごいねえ」


「人がいっぱいだあ」


 私とソロネは他人事のような感想を漏らした。何故なら涙ながらに艦隊を見送る群衆の中に、私達の名前を呼ぶ者はいないのだ。私の両親と妹は暗い海の底に、ソロネの姉は私の背中に眠っている。お互い故郷を失い天涯孤独の身、無事を願うのはお互いだけ。そう思って今を生きている。




 どこかぼんやりとした目の前の別れを意識から遠ざけ、昨日の事前説明ブリーフィングを思い出す。みんなのお姉さん、ユリエ少尉は一通りの説明を終えた後、三魔戦の一人一人に声をかけていた。


「コナちゃん、あなたは周りがよく見えているわね。視野が広くて自分のことも仲間のこともよく知ってる。頼りにしてるわよ、背中に目がついているのはあなただけ」


「ミサキちゃん、あなたは良い子よ。妹の面倒をよく見ていて、真面目で素直で賢くて、皆のために自分を後回しにできるとても良い子。でもたまには我儘わがまま言ってね、お姉さん待ってるから」


「カンナちゃん、あなたは天才よ。身体能力にも動体視力にもひらめきにも優れた空戦の天才、でも多くの人はそうじゃない。天才には天才の役目が、そうでない人にはそうでない人の役目がある。そういうものよ」


 十一名それぞれに向けてそれぞれの言葉を、正面から目を見て。この人は私達のことをよく見てくれている、兵器ではなく一人の人間として見てくれている。それに正式に三魔戦ではないソロネにも言葉を掛けてくれたことが嬉しかった。


「ソロネちゃん、あなたはお姉ちゃんのことが大好きよね? 私も皆もあなたのことが大好き。あなたの居場所はここにある、それを忘れないでね」


 そうだ。第三魔女航空戦隊の歴史は今日この場所から始まるのだ。




 隊長 ユリエ・タキ少尉 二十七歳 汎用飛行ユニット【零式】

 副隊長 カンナ・イリエ少尉 十五歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 アコ・ヤイダ准尉 十七歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 サクナ・ミキタ准尉 十七歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 リンカ・イザキ准尉 十七歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 ナナミ・カジ准尉 十六歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 ミクル・ニシノ准尉 十六歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 ヒナタ・ノギ准尉 十六歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 ミレイ・ユイノ准尉 十六歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 アイ・ミソラ准尉 十五歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 コナ・アガサ准尉 十六歳 汎用飛行ユニット【零式】

 隊員 ミサキ・カナタ准尉 十六歳 特殊飛行ユニット【ウェリエル】

 協力者 ソロネ 年齢不明 第三位階悪魔


 以上十二名と一人。私達の階級が年齢に比べて非常に高いのは一人が戦闘機一機に匹敵する大戦力であることに加え、上下関係が厳しい軍隊において各種ハラスメントを防止する意図があるらしい。ゆえに『魔女の森』を卒業した魔女は准尉として着任するが、少尉に昇進するには余程の実績を必要とする。


 私達が目指すは南南西に遥か四〇〇〇キロメートル、フェリペ諸島。一魔戦の先輩方のように常勝無敵の名を刻むのか、それとも縁もゆかりもない南の島の空に散ることになるのか、それはこれからの私達次第だ。




 意識を現在の風景に戻すと、視界を横切るように伸びてきたのはソロネの小さな人差し指。


「あれ? カレーのおばちゃんだ」


 その延長線上で、いつもの割烹着かっぽうぎを着た中年の女性が両手を振っている。

 港の古びた食堂でお世辞にも綺麗とは言えないお店なのだけれど、ソロネはあのおばちゃんが作る海軍カレーが大好きだ。具材がごろごろと大きくて、いつもサービスで大盛りにしてくれて、大きなじゃがいもを小さなお口ではふはふ言いながら食べる姿を可愛いと言ってくれるから。


「ミサキちゃん、ソロネちゃん、無事に帰ってくるんだよ!」


「はい! ありがとうございます!」


「またカレー食べに行くね!」


 いつしか私もソロネも、周りの兵士さんのように夢中で手を振っていた。よく見ればジェラートをたっぷり乗せてくれる坂の上のキッチンカーのお姉さんも、ソロネの好みに合わせて紅しょうがを抜いてくれるたこ焼き屋台のおじさんも名前を呼んでくれている。


 私は思い違いをしていた。私にもソロネにも、帰るべき場所と無事を願ってくれる人がいる。


 様々なものを失って流れついたこの港は、いつしか私達の故郷になっていたのかもしれない。


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