悪魔の発育


 明けて一二月二〇日、午前。


 イナ州南岸地帯を巡るスルガ海峡海戦はひとまず決着し、負傷者の救出と後送も一段落して、皇国第七艦隊には安堵あんどの空気が流れている。


 旗艦クラマ以下の艦艇は未だ待機状態ではあるものの、私自身は緊急出撃スクランブル当番から外れて二十四時間の休息を命じられたため、私服のスウェットに着替えて洗濯と入浴を済ませることにした。

 軍から支給されている衣類は航空黒衣フライトローブ、手袋、靴下、下着に至るまで雑事を担当する女性兵士がまとめて洗濯してくれるけれど、個人の下着や私服は自分で洗濯しなければならないのだ。


 ソロネは二人分のお風呂道具を持って、私は二人分の洗濯物を満載した大きなかごを抱えて大型洗濯機が並ぶ洗濯室へ。まずは床にかごを置いて、雑に丸められた衣類を一つ一つ確かめる。


「ほらこれ、ワンピースはネットに入れないといたんじゃうよ?」


「はあい」


 ソロネはとても良い返事をしたけれど、実は今までに同じことを何度も言っている。忘れていたのではなく面倒くさいのだということは承知しているので、手元を見せるようにして黒いワンピースを確かめていると、ポケットから使い捨ての袋ティッシュが出てきた。


「はいこれ。このまま洗ったら大変なことになるんだよ?」


「ごめんなさあい」


 またしても良いお返事。この子は面倒くさがりなだけで理解はしているし、素直ではあるのだ。

 ともかく二人分の衣類を洗濯機に放り込み、次は自分達の体を清潔に保つべく隣のシャワールームへ。


「おっふろー、おっふろー、あったかおっふろー」


つのも羽もちゃんと一人で洗える?」


「うん!」




 クラマ艦内にはシャワールームが七つ、そのうち女性用は二つ。男女比率からすれば大変な優遇であり、普段から海水まみれ油まみれの兵士さんを見ているだけに、このような特別扱いを申し訳なく思うこともある。

 でもこうして温かいお湯を浴びれば気持ちが落ち着くし、食事を摂ってゆっくり眠ればまた理想的な体調コンディションで戦うことができると考えれば、それだけの価値があるのだろう。


「うん……?」


 そうして体を洗っていたところ、感触に若干じゃっかんの違和感を覚えた。そういえば最近、支給されている下着の締め付けがきつく感じるようになってきたのだ。


「うーん、ソロネの分まで牛乳飲んでるからかな?」


 私用のものはどこかに寄港するまで我慢するしかないけれど、支給品は一つ大きなサイズのものに変えてもらおうかと思いつつ体をなぞった。私だって年頃の乙女だ、それなりに自分の体が気になったりすることもある。




 水分をたっぷり含んだ髪をタオルでくるみ、それぞれの洗髪道具を持って通路を歩くと、すれ違う兵士さんがことごとく鼻を動かして匂いをいでいるような気がして恥ずかしい。私は若干じゃっかん早足になりつつ『男子禁制』のプレートが貼りつけられている扉を押し開けた、その気配に顔を上げたのはアコちゃん。


「ミサキちゃん、お風呂?」


「うん。いま上がったとこ」


 この更衣室兼待機室には必ず緊急出撃スクランブル当番が二名待機しているので、アコ准尉とミレイ准尉が完全装備で座っているのはわかる。三魔戦の皆で面倒を見ることになった黒猫のロクエモンが専用のクッションの上で丸まっているのもわかる。でもカンナちゃんとコナちゃんが寝転がって携帯ゲームをしているのは何故だろう。


「ちょっとごめん、ドライヤー使うね」


 隅に置かれた鏡台の前にソロネを座らせ、軽くドライヤーをかけてから長い黒髪をブラシでかす。私一人ならば自室で髪を乾かせば良いのだけれど、二人となると狭すぎるのでこの場所を使わせてもらっているのだ。


 じ曲がった二本のつのを避けてブラシを当てつつ、黒いキャミソールの隙間から覗く小さな膨らみを見てふと思った。悪魔は人間でいう女性のような姿形をしているし、天使は男性のようなそれだ。だが両者に性別というものは無く、当然ながら生殖行為をすることもない。聞いた話では彼らは、第三位階以上の者が自身の身体の一部や力と引き換えに下位の者を生み出すのだという。


 それにしても何故、悪魔の体つきは人間の女性のようなのだろう。考えがまとまらない私はドライヤーを置くと、おもむろに両手で後ろからソロネの胸を掴んだ。かすかだけれど確かに女性のような膨らみが二つ存在する。


「きゃー! お姉ちゃんのえっち!」


「ご、ごめん。ちょっと考え事してて」


 ぼんやりしていた私は慌てて両手を離したが、もう遅い。コナちゃんとカンナちゃんが携帯ゲーム機を投げ捨て、寝ていたはずのロクエモンまで何故か起き上がってきた。


「なになに、何が起きたの!?」


「えっちって言った? 今えっちって言った!?」


 二人と一匹に問い詰められるも、まさかソロネの前で悪魔と人間の違いがどうこう、生殖機能がどうこうなどと言うわけにもいかず、壁際に追い詰められつつ苦しい言い訳に終始するばかり。


「いやその、ソロネの発育の具合を……」


「これはいけませんなあ」


「重大なハラスメント行為ですよ、これは」


 とうとうソロネに捕まった私は背中から羽交はがい絞めにされ、身動きがとれなくなってしまった。開いた両手をと動かしつつコナちゃんとカンナちゃん、ついでにロクエモンまでもがにじり寄ってくる。


「コナさん、カンナさん、らしめてやりなさい!」


「はっ!」


御意ぎょい!」


「なんでぇ!?」


 何かの時代劇で聞いたようなソロネの台詞に悪のりするコナちゃんとカンナちゃん、ついでにロクエモン。こうして私はソロネの代わりに発育具合を確かめられてしまうのだった。

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