イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(十)

 大航海時代の武装商船ではあるまいし、甲板かんぱんへの斬り込みなど想定していない近代の水兵はほぼ丸腰だ。だが組みつかれでもすればこちらは無力なただの少女、容赦なく敵兵を掃討しつつ甲板かんぱん上を自分の足で駆ける。前部第二機銃の旋回が完了する直前に腰だめに構えた魔銃を乱射、これを制圧。


 艦橋にいるであろう艦長はこれを知ってか知らずか、皇国第八艦隊に向けて主砲を撃ち放した。間近で轟いた爆音に耳を塞ぎかけたが、これは千載一遇せんざいいちぐうの好機。一度主砲を撃ってしまえば次までに十二秒間の猶予ゆうよがあるのだ。


「武装を魔剣サーベルに変更!」


『武装を魔剣サーベルに変更します』


 自らの足で軽く跳躍すると同時に翼に風をまとわせて五メートルばかりの高さまで舞い上がり、体重を乗せて魔剣サーベルを振り下ろす。ぐにゃりという奇妙な感触が両手に伝わり、三秒を要して穴の開いた鋼鉄柱を溶断。クロプヌイ級と推定される駆逐艦の前部主砲はその二本ある砲身のうち片方を失った。

 としか表記できないような重々しい音を立てつつ数トンの鉄塊が落下して甲板まで転がり落ち、私に小銃ライフルの銃口を向けていた兵士が不幸にもそれに巻き込まれたようだ。


「コナちゃん、退避!」


「たまにすんごい無茶するよね、あんた!」


 二人の魔女は舷側から飛び出し、海面にかがみ込んで両耳を手で塞いだ。おそらくは片方の砲身が溶断されたことが砲撃手に伝わらなかったのだろう、主砲を撃ち放す爆音が轟き、異音とともに金属片が飛び散る気配が届く。十数秒の間をおいて再び艦上に戻ればもう一方の砲身がひしゃげ、砲塔も半ば傾いていた。


「暴発したらやばかったんじゃない、これ」


「ごめん!」


 溶断された砲身から砲弾が飛び出したから良かったものの、その場で暴発していたら艦も私達も道連れだったかもしれない。でもこんな全長一〇〇メートルを超える巨体を止めるすべなど、他には思いつかなかった。


 ともかく機銃二基を制圧、前部主砲は大破炎上。もはやこのふねの攻撃力は半減したと言って良いだろう。このまま甲板上を制圧して……

 などと私はやや楽観したものだが、それは見通しが甘かったと言わざるを得ない。とばかりに起こった足元からの衝撃に耐えかねて数歩たたらを踏み、手摺てすりを掴むことでようやく姿勢を立て直す。


 頭の中が揺れるような違和感。左右に広がる暗い海を見渡してようやく事態に気づいた、このふねが右に回頭している。それも面舵おもかじ一杯などというものではない、通常の操艦ではあり得ないほどの急回頭だ。


投錨とうびょう回頭!?」


 投錨とうびょう回頭。着底させたいかりを中心にしてふねを旋回させるという、一つ間違えば即沈没の無謀な操艦だ。私とてこんなものは座学で学んだだけで、実際に行う人がいるなどとは思っていなかった。

 でもその目的は何だろう、翼ある魔女を道連れにしようとした訳でもあるまいし。そう考えたとき、という何かが開くような音が耳に届いた。その正体は……


「コナちゃん! 魚雷!」


 左舷ひだりげんから魚雷発射管が露出している。三つの弾頭がにらんでいるのは第八艦隊の揚陸艦、それも今まさに上陸作業中のものだ。


 連装魔銃を掴み直し、手摺てすりを乗り越えて舷側から飛び出した。しかし射撃姿勢をとり銃口を下方に向ける、その直前に着水音。数多あまたの死を招く三人の使者が暗い海中に放たれた。


「しまった……!」


 夜の海に飛び込んだ魚雷は三本の傷跡を残して海面付近を疾走、それを追って低空をける。速度は時速一〇〇キロメートル程度、相対速度をゼロにすれば狙撃自体はそう難しくない。

 だがこの暗さでは視認が難しく、爆破した際の余波を考慮に入れてある程度の高度をとらなければ自身に危険が及ぶ。さらにはこの手に多くの人命が懸かっているという重圧が掌に汗をにじませる。


「ええい! どうだ! これでっ!」


 結局は直上から弾をばら撒くようにして乱射、幸いにもいくつか直撃弾があったようで二本の巨大な水柱が上がった。


 だがその最中さなかを突っ切るようにして一本の白い線が伸びた。距離五〇〇、あの航跡が揚陸艦に届いてしまえばそれだけで数百、もしかすると一千以上の将兵がその命と未来を失ってしまう。それは彼らの家族、恋人、友人、数倍の悲しみと嘆きを生むことを意味している。私がしくじったばかりに――――


「ミサキ、どいて」


 航空眼鏡フライトゴーグルのスピーカーから聞こえたごく短い指示、私はそれに従い相棒に命運をゆだねた。


 瞬間、上空一〇〇メートルから海面に向けて垂直に赤い光の線がはしった。いつの間にかコナちゃんは絶好の狙撃位置で、真下に向けて必殺の長銃身ロングバレル一二・七ミリ魔銃を構えていたのだ。

 揚陸艦の直前で派手に上がる水柱。上陸作業中の将兵から驚愕の声が上がる中、耳元のスピーカーからは小さな溜息が聞こえた。三魔戦随一の狙撃手スナイパーもさすがに重圧プレッシャーを感じていたのだろう。


 二一一〇フタヒトヒトマル時、クロプヌイ級駆逐艦を含む敵艦隊は戦闘海域を離脱。ようやく闇夜に静寂が訪れた。




 この日行われたスルガ海峡海戦における両軍の損害は以下の通り。


 ルルジア連邦側はハリコフ級巡洋艦小破一、クロプヌイ級駆逐艦中破一、小破二、イナ州南岸地帯砲台群を喪失。戦死および行方不明者五七〇名。


 マヤ皇国側は巡洋艦ヨウテイ小破、駆逐艦キリサメ中破、イセ型揚陸艦沈没一、一式艦上戦闘機三、四式戦闘機八。戦死および行方不明者一九一名。


 異例とも言える夜間の空戦は天使、魔女ともに数機が損傷をこうむったものの撃墜は無し。極度に視界が制限される中、両軍ともに同士討ちを避けて慎重な戦闘を行ったためと思われる。




 かくして皇国軍はイナ州南岸地帯に橋頭保を確保し、『しょう作戦』の第二段階は成った。



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