イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(九)


 漆黒の闇の中、曳光弾えいこうだんが流星とは逆さの軌跡を描いて空にけ上がる。駆逐艦と推定される敵艦は猛然と火箭かせんを吐き出し、目障めざわりな魔女を撃ち落とさんとする。私とコナ准尉は軽快な運動性能を発揮してその上空を旋回するも、濃密な対空砲火を少々持て余していた。


「こりゃ参ったね。ハリネズミかよ」


「そんな可愛いものじゃないよ!」


 私達の応射に対してハリネズミのように大人しく丸まってくれれば良いのだが、生憎あいにくとそんな可愛らしい相手ではない。対空砲火をそのままに前進を続け、猛然と前後二門二連装の主砲を撃ち放った。


 その内径十数センチと思われる主砲は戦艦クラマの三五・六センチ連装砲に比べれば貧弱であるものの、一度ひとたび火を噴けば轟音が夜を震わせ、爆炎が暗闇を焼く。上空一五〇メートルを舞う私の頬を明るく照らし、髪を夜空になびかせるほどのそれは、生身の人間などが迂闊に近づけば衝撃波で致命傷を受けかねないのだ。


 沖合おきあい一〇〇〇メートル、左舷ひだりげんに至近弾を受けた揚陸艦が激しく揺動する。対応が遅れた第八艦隊の戦闘艦はようやく回頭を始めたところだ、このまま前進を許せば上陸作業中の戦力が危険に晒されてしまう。


「んっ……」


 腹部に衝撃、回避運動中に機銃弾の直撃をこうむったようだ。生身の人間ならばこれだけで即死というところだが、魔女がまとう虹色の障壁をこの程度で貫くことはできない。

 ちらりと視界左下の表示部ディスプレイに視線を送れば、棒状のゲージで示される魔力残量が九二パーセント、人体模式図を半円で囲った図で示される物理障壁フィジカルコート損傷率が二七パーセントと表示されている。


「損傷は大したことない。でも……」


 夜空に機銃弾をばら撒くような対空砲火、その威力は決して高くない。よほど続けざまに被弾しない限りは物理障壁フィジカルコートを突き破ることはないだろう。だがどれほど回避運動を連ねても被弾は避けられないし、小さな損傷が積み重なるのは嫌なものだ。それにこの艦は既に揚陸艦群を射程に収めている、このまま好き放題に砲撃を浴びせられれば陸戦部隊の被害は甚大なものになるだろう。


「そろそろ始めなきゃ」


 度重たびかさなる擦過さっか弾を浴びつつ、上空のコナ准尉を追って五〇〇メートルまで高度を上げた。


 高度的には十分に機銃の有効射程には入っているものの、闇夜のからすとは良く言ったもので、黒衣に黒い翼の魔女が夜空にまぎれてしまえばそれを視認するすべは無い。海上の駆逐艦はまるで息を潜めるかのように前進を続け、あれほどけたたましく騒ぎ立てていた対空機銃も嘘のように静まり返っている。


「コナちゃん、そっちはどう? 確認できた?」


「二連装機銃が前部と後部に二基ずつ、計四基。主砲の発射速度は十二秒に一回」


「了解。クロプヌイ級駆逐艦で間違いなさそうだね」


 クロプヌイ級駆逐艦。ルルジア連邦の主力となる量産型駆逐艦であり、武装は一二・七センチ連装砲二門、七・七ミリ対空連装機銃四門、三連装魚雷発射管二基。

 私達は無闇に逃げ回っていたわけではない。機銃の性能と位置を把握し、弾薬を浪費させ、主砲の砲撃間隔を計っていたのだ。それらの情報からふねの型式が特定できれば弱点も判明する。


 夜の中で二本の主砲から同時に爆炎がとどろき、やがて静まった。二手に分かれた魔女は闇の中を音もなく降下、不気味にぐ海面を撫なでるように滑空。艦首を左右から挟み込むように接近し――――距離八〇、漆黒の水面みなもを叩いて飛翔。突如として敵前に姿を現した。


「魔女だ――――!!」


 腰を抜かして叫んだ兵士は幸運だったかもしれない、その動作によって攻撃対象としての優先順位が大幅に下がったのだから。

 機銃の旋回など到底間に合わず、七・七ミリ連装魔銃と長銃身ロングバレル一二・七ミリ魔銃の掃射を浴びた複数の兵士が死の舞踏を踊りだした。

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