イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(八)

 第八艦隊の揚陸艦はあくまで静かに、微かな光もけることなく接岸し、艦首の開口部から続々と車両と人間を吐き出し続けている。

 上陸に成功した者は移動を開始し、資材を下ろし、組み立て、簡易ながら設営を始めている。直掩ちょくえんを命じられた私とコナ准尉は高度一〇〇メートルの低空域で静止ホバリングしつつ周囲を警戒。


「ゲームだとワンクリックで『占領』って出るとこなんだけどなー」


「なあに、それ」


「現実は甘くないよねって話」


「それならわかる」


 たぶんコナちゃんはシミュレーションゲームというやつの話をしているのだと思う。旧世紀の様々な時代を舞台に、指揮官や装備の能力を数値化して戦ったり占領地を広げていくというものだ。その中では自軍の駒を都市などに配置すれば、彼女が言ったようにボタン一つで占領が完了する。


 だが現実はこの通り、都市の占領どころか橋頭保きょうとうほを確保するだけでも膨大な物資と緻密な計算が必要になる。五五〇台に及ぶ車両の燃料や弾薬、兵員一二,〇〇〇名の食糧や衣類や日用品、各種携帯武器とその弾薬、長く拠点を確保するなら各種施設を設営するための資材、物資調達と輸送の手段。それらをろくに考慮せず作戦の遂行を命じた者が愚将の名を現在まで残しているのは当然と言って良い。


「昔、敵地に着いたら食料は現地調達しろって言った指揮官がいたらしいよ」


「まさかぁ」


「南の島なんだから果物とか魚とか獲って食えってさ。そうなったらミサキはどうする?」


「どうしようもないじゃない、そんなの」


 この時私達は予言をしていた訳ではない、冬のイナ州に進撃せよという作戦に漠然とした不安を抱いていただけだ。どうしても無駄話が多くなるのはそのせいでもあり、張り切って空にけ上がったは良いものの仲間達の元に駆けつけられないというもどかしさもあった。


 ただ五〇〇〇メートルを隔てた夜空のむこうでは赤い光が白いそれを圧倒しつつあり、三魔戦とナナイケ基地航空隊が航空優勢を確保したことは疑いようがない。遠からず敵は退却するだろう、その見立ては間違いではなかったのだけれど……




 それは不意に、何の前触れもなく起こった。海面付近でくぐもった炸裂音がしたかと思うと、兵員と車両の上陸を終えて沖合に退避していた揚陸艦の右舷みぎげん中央に派手な水柱が上がったのだ。それは艦橋の高さにまで及び、舞い上がった水飛沫が時ならぬ驟雨しゅううをもたらした。


「雷撃!?」


 振り返った私とコナ准尉の視線の先で、船体中央部を激しく損傷した揚陸艦がもだえ苦しむようにして海中に没した。


 艦艇にとって最も恐ろしい攻撃は戦艦の砲撃でも急降下爆撃でもなく、潜水艦や小型艦から放たれる魚雷だと言われている。それは海面付近を静かに航走し、目標に衝突するやいな喫水きっすい線下に致命的な損傷を与えるからだ。直撃すればこの通り小型艦艇であればまず撃沈、大型艦艇であっても大浸水はまぬがれない。


「前方海面、雷跡らいせき二!」


 コナ准尉の声に海面を見れば、黒々とした波間に泡立つ白線が二条。新たな魚雷が無防備な獲物を求めて静かに航走している。


「よく見つけたね、こんなの!」


 航跡とはいうものの、推進用に使用された空気が排出されてスクリューでかき回された気泡が真っ暗な海面に浮かんでくるだけだ。この子の目の良さには改めて感嘆する。


 海上三〇メートルで航走中の魚雷と速度を合わせ、七・七ミリ連装魔銃の銃口を真下に向けて発射。巨大な水柱が立ち、飛沫が航空黒衣フライトローブを湿らせる。もう一本はその衝撃で進路を大きく変え、あらぬ方向に迷走した挙句に爆散した。


 雷跡らいせきを逆に辿たどれば、星々の明かりとて届かない海面をろくに灯火もけずに航行する艦影が一つ。私はコナ准尉とうなずき合い、左右から挟み込むように上空から接近した。見覚えのない艦影、散発的な対空砲火、ルルジア連邦の駆逐艦でまず間違いない。主力艦同士の砲撃戦から逃れてきたのか、それとも意図的な単独行動か。それにしても……


「大きい……!」


 次第に濃密になる対空砲火の弾幕を回避しつつ、私はつぶやいた。戦艦クラマとは比べるべくもないが、全長は目測で一二〇メートル以上。その大きさは細長い都市型ビルディングを連想させる。


ゼロ式、前方の艦船の型式は特定できる?」


『画像を認識できません。艦種特定不可能』


 やはりこの暗さでは駄目か。艦種が特定できれば対空機銃の数や位置がわかると思ったのだけれど、それも望めない。




 艦艇が魔女を運用するという例は枚挙にいとまがないけれど、それに比べて艦艇と魔女が直接交戦するという例は少ない。艦艇側は軽快な運動性能を有する魔女をとらえきれないし、魔女側は艦艇に対して致命的な損傷を与える手段を持たないからだ。その関係性を象とスズメバチにたとえた人もいるというが、それなりに的を射ているかもしれない。


「でも……やるしかない!」


 対空砲火を避けて上昇しつつ、夜空に不規則な弧を描く。

 上陸作業中の第八艦隊への攻撃を阻止するべく、私達はその身に比べてあまりに巨大な敵を迎え撃つことになった。



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