イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(七)

 スルガ海峡海戦は昼間の空戦に続いて、艦砲轟く夜戦に突入した。


 夜間の発着艦が困難である艦載機はもちろん、天使も魔女も感覚の大半を視覚に頼っている以上、暗闇では戦えない。だがこの日、彼ら彼女らは探照灯サーチライトと照明弾を頼りに空戦を繰り広げているというのだ。


 これにはいくつかの理由があった。

 まず、そのような条件にもかかわらず天使の集団が空戦を挑んできたこと。意表を突かれた三魔戦およびナナイケ基地航空隊の対応がやや遅れたこと。これにより第七艦隊の探照灯サーチライトが届くところまで天使の接近を許してしまったのだ。


 下級天使の武装では艦船に致命的な損傷を負わせることはできない。だが上部兵装を好き放題に破壊されれば砲撃火力が激減してしまうし、艦橋の司令部を襲われれば指揮系統に致命的な打撃を被ってしまう。これを防ぐには私達魔女が接近戦を挑むしかない。




 エリカ准尉を収容した私達は医務室の艦内電話からクラマ艦橋の司令部に連絡、応答したのは第七艦隊戦術長のソウタ中佐だった。良く言えば理論派、悪く言えば理屈っぽい若手士官で、情に厚い熱血漢のチョウジ艦長とは仲が悪いと聞いている。


「ナナイケ航空隊の魔女を収容しました。三魔戦ミサキ准尉およびコナ准尉、出撃可能です」


「了解した。指示があるまでそのまま待機せよ」


 その返答から待つことややしばし、私達二人は第八艦隊の直掩ちょくえんを命じられた。察するに三魔戦とナナイケ航空隊は救援の必要が無いのだろうとひとまず安堵あんどする、ならば揚陸艦ばかりで対空装備にとぼしく、上陸作業中である第八艦隊を護るのは理にかなっている。

 でも返答までにややしばらくの時間が空いたのは、帰還したばかりの私達に再出撃を命じようとするソウタ戦術長にチョウジ艦長が噛みついたのかな、と想像してなんだか可笑おかしくなった。


 確かに私とコナ准尉は昼間の砲台群奇襲に加えて夕方の緊急出撃スクランブル、そしてこれが今日三度目の出撃になる。もちろん疲労を感じていない訳ではないが、私に限って言えばむしろエリカ准尉の救出に成功して気分が高揚している。ウェリエルを損傷させて落ち込んでいた夕方よりも元気なくらいだ。


 だが私は元気でも、人工物である飛行ユニットはそうもいかない。格納庫に向かった私は再び『13』と大きく表示された扉に手をかざし、魔力を消耗した上に翼部を損傷した十三番ゼロ式ユニットを収納。隣の十四番収納庫から別のゼロ式を取り出した。


「ミサキってば、ほんとに被弾多いよねー」


「やっぱりコナちゃんもそう思う?」


 苦笑を浮かべつつ武装ユニットを接続。戦い方の違いもあるのだろうが、コナ准尉はほとんど被弾したこともなければ魔力消費も極めて少ない。この日もたび重なる出撃にも関わらず消費魔力は三割程度で、射撃が下手で弾をばら撒くような戦い方をする私とは対照的と言って良い。最も十一番ゼロ式は彼女専用に最適化カスタマイズされているため、標準品である予備のユニットを使いたがらないという事情もあるにはあるけれど。




 昇降装置エレベーターで飛行甲板に上がると、黒いとばりが下りた空には二年間の前線勤務を経験した私でも見たことのない光景が広がっていた。


 探照灯サーチライトに照らされた空は、さながら暗幕を背にして照射灯スポットライトを浴びた舞台のようだ。きらびやかに演じられる歌劇オペラのごとく赤と白の光が乱舞し、虹色の華が咲く。今まさに天使と魔女は命懸けの舞踏を演じているのだ。

 しばしその光景に圧倒されるも、この場にとどまることは許されない。私達は演者であって観客ではないのだから。


 戦艦クラマの十五・五センチ副砲が敵意に満ちた咆哮を上げる中、誘導員が赤い旗を掲げた。これは『発艦待て』の合図、もし発艦の際に主砲を撃たれでもしたら衝撃波を浴びて無事では済まないのだ。


「また出るのか? 無事に帰って来いよ」


 声と同時に旗が白に変わり、次いで振り下ろされる。


「ういっす。十一番機、出ますよー」


「ありがとうございます。十二番機、ゼロ式発艦します」


 こうして出遅れた二人の魔女も、夜空にきらめく舞踏会に加わるべく舞台に上った。


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