イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(六)

 視界正面に捉えたやや大きめの個体は、第八位階【大天使アークエンジェル】。

 左後方に位置するやや黄色味を帯びた個体は、第九位階【天使エンジェル】。


 彼らに挟み込まれた形の私はようやく落ち着きを取り戻していた。冷静に見れば大きさや色味いろみで識別が可能だったのだ、よほど焦っていたのだろう。


「武装を七・七ミリ魔銃に変更!」


『武装を七・七ミリ連装魔銃に変更します』


 魔剣サーベルへの魔力供給を断ち柄部を収納、入れ替わりに武装ユニットから前方に回された魔銃の銃身を両手で掴む。手元にオレンジ色のランプがともり、射撃準備が完了したことを告げた。


 瞬間、ゼロ式の翼をはためかせ上昇。左後方やや下からの弾列に虚空を貫かせた。


「見える……!」


 正確に言えば見えてはいない、だが予測通りの攻撃であったことと、研ぎ澄まされた集中力が敵の気配を確実に捉えていた。振り返りもせずに魔銃の銃身だけを向けて応射、複数の着弾音とともに驚愕の気配が伝わってきた。


 やはり『見えている』。正面上方の大天使アークエンジェルが光弾を撃ち出そうとしているのも、左後方の天使エンジェルが動揺から立ち直っていないのも、やや離れてコナ准尉が気配を消しつつ機会をうかがっているのも。




 状況は最悪だ。極寒の海に被弾着水した旧友を一秒でも早く救出しなければならない、背中の飛行ユニットはウェリエルよりも劣るゼロ式、敵は二機、しかも片方は格上の第八位階。

 だが私には目的達成への道筋が確かに見えていた。細く頼りない道だけれど冷静にさえなれば決してたどり着くことは不可能ではない、そう自分を信じる。


 意を決して漆黒の翼を広げ、一息に大天使アークエンジェルとの距離を詰める。もはや敵に私をあなどる色は無く、左右の手から断続的に光の矢が放たれた。こちらも応射しつつ回避運動を織り交ぜ、多少の被弾に構わずさらに接近。


「できる、私にだって……!」


 右手に握った七・七ミリ魔銃を連射しつつ推力を全開、勢いよく右に体をひねるとそれに合わせてゼロ式の翼が折りたたまれ、螺旋らせん状の航跡を描くとともに全身が一回転。これは螺旋機動バレルロールと呼ばれる高度な機動、間近に迫る大天使アークエンジェルの顔に驚愕の表情が浮かんだ。


魔剣サーベル使用!」


魔剣サーベルに魔力を供給します』


 左手で魔剣サーベルの柄部を抜き放つと同時にAIに命じて魔力を供給、まだ不安定な形状の刀身を振り下ろす。

 これは一度だけ見た天才撃墜王エースカンナ少尉の技。彼女は右手で魔銃を、左手で魔剣サーベルを同時に使いこなし、力天使ヴァーチェサリエルに挑んでいた。だが私はといえば……


「浅いか……!」


 僅かにタイミングが遅かったのか、魔剣サーベルの刀身は確かに大天使アークエンジェルの体を捉えたが、それは左の手首と翼を半ば切断するにとどまった。深刻な損傷ではあるが致命傷とまではいえない、そればかりか私は両手に武器を持った私は姿勢制御もままならず、半回転して頭を下に向けた無防備な姿を晒してしまった。無傷のまま攻撃の機会を窺っていた天使エンジェルが光の矢を放たんと両手に聖なる力を集中させる。


「コナちゃん!」


 相棒の名前を呼ぶまでもなかった。完璧な位置取り、完璧なタイミング、完璧な射撃。コナ准尉が絶好の位置で必殺の長銃身ロングバレル十二・七ミリ魔銃を構えていたのだ。


 一撃必中。天使エンジェルの頭部が吹き飛び、残された身体はそのままの姿勢で地球の引力に引かれていく。大天使アークエンジェルはそれを見ることもなく背を向け、闇に溶け込むように消えた。




 私はそれを確認する間も惜しんで翼を傾け、基地航空隊の魔女が着水した地点へ。

 とはいえ目印とて無い海上、星明りさえ届かない闇夜、しかも交戦の後では方向も距離もわからない。何らの手がかりも無いまま私は声を張り上げた。


「エリカ、応答して! どこにいるの!?」


 肉声でも、近距離通信でも返事は無い。ただ波の音と零式の羽音だけが辺りに響き渡るだけ。


「彼に料理を作るんでしょう? 教えてあげるから! 基地でじゃがいもたくさん獲れたんだから! 今度一緒に……」


「ミサキ」


 コナちゃんは涙声になってしまった私をなだめようと声を掛けてきたと思ったのだが、それは違った。


「発光信号」


 その短い言葉が数秒の遅延タイムラグを伴って耳から脳に伝わったとき、私は伏せていた顔を上げた。

 黒々とした海面に微かな光が揺れている、波に飲まれてしまいそうなそれは飛行ユニットが着水すると自動的に放たれる発光信号。ユニットが生きているということは……


「エリカ! 迎えに来たよ!」


 暗い波間からすくい上げたその魔女は既に意識を失っていたが、皮膜のような淡い光に包まれていた。

 これは使用者が生命の危機にあると判断した場合、戦闘用AIが自動的に展開する保護皮膜プロテクションフィルム。体表の保護、保温、酸素供給、最低限の生命維持を補助する機能だ。


生命兆候バイタルサイン微弱。加療の必要を認めます』


 ゼロ式のAIが淡々と告げた事実を噛み締める。微弱ということはつまり、生命活動を停止していないということだ。


「エリカ、もう大丈夫だよ。一緒に帰ろう」




 一八二〇ヒトハチフタマル時、ナナイケ基地航空隊エリカ・カナザキ准尉を戦艦クラマに収容。同准尉は加療を必要とするのもの生命に別条は無し。


 同時刻。戦艦クラマ、接近中の敵艦隊に対し砲撃を開始。第三魔女航空戦隊およびナナイケ基地航空隊は既にザリュウガク城砦より発した天使と交戦中。


 お腹に響くような衝撃が足元を揺らす。全長十四メートル重量七〇〇トン、私の両手でも抱えきれないあの三五・六センチ連装砲が今、猛然と火を噴いて砲弾の雨を降らせているのだ。

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