ザリュウガク沖航空戦(四)

 上空から降り注ぐ魔銃弾はことごとく能天使パワーの巨体に弾け、噴き出した鮮血が空母カデクルの艦橋に、甲板に、私の身体にと盛大にまき散らされていく。対地攻撃から戻ったユリエ少尉が放つ銃身が焼けつかんばかりの斉射、全身をあけに染め上げた能天使パワーはそのまま地獄への階段を転げ落ちるかに見えた。


 だが続いて私の耳に届いたのはという小さな金属音、ユリエ少尉が握る七・七ミリ魔銃の銃口から微かな光が漏れ、そして消えた。


魔力切れエンプティ? ふふ……これが運の尽きってやつ?」


 どこか自嘲気味に口元をゆがめたユリエ少尉。ゆっくりと右腕を持ち上げた能天使パワーは最期の力を指先に宿らせ、そこに現れた小さな光は――――全ての魔力を使い果たした魔女に吸い込まれていった。


「ユリエ少尉!」


 落下する能天使パワーには目もくれず、私は人形のように崩れ落ちる隊長の体を辛うじて受け止めた。もはや物理障壁フィジカルコートは失われ、女性らしい体を包む航空黒衣フライトローブが重く濡れている。黒衣ゆえそれが血なのか汗なのか海水なのかわからない、どこにどれほどの怪我を負ったのか判断がつかない。


「止血します! どこが痛みますか!?」


「大したことないわ。少し休めば大丈夫よ」


「噓つきは嫌いです!」


「ふふ、嫌われちゃったわね」


 自分の首元から首巻マフラーを外し、裂けた黒衣ローブから血がしたたっている脇腹をきつく縛る。そのまま意識を失ったユリエ少尉を壁にもたれさせ、振り返って対空機銃のごとく上空の天使に向けて弾幕を張る。それを避けるようにして高度を上げた天使と入れ替わるように落下してきたのは、ぼろぼろの黒い翼を広げたままの小さな魔女。


「アイちゃん! やられたの!?」


 着水したその魔女を上空から『処理』しようとした天使に威嚇射撃、回避運動を強いる。割り込むように舞い上がった私を取り囲むのは、食事を邪魔された獣のように苛立いらだちをあらわにする天使が三機。


『警告、魔力残量七パーセント。省力モードに移行しますか?』


 人間であれば「空気が読めない」と言われそうな戦闘用AIの問いに、私は答えなかった。どうする? 二人を守りつつ三機の天使と戦うなんて……


 瞬間、右斜め上方から複数の赤い弾列が視界を切り裂いた。思わぬ方向からの被弾に動揺する天使、入れ替わるように現れたのはユリエ隊長とともに対地攻撃を担当していたミクル准尉とヒナタ准尉。


「ミサキ! 隊長は!?」


「ここにいるよ! 援護して!」


 この期に及んで震えが止まらない体を𠮟りつけ、残り少ない魔力を惜しみなく消費して、カデクルの上空に群がる天使に向けて魔銃弾を斉射。来るなら来てみろと空を睨みつける。

 第六位階能天使パワーを失い、思わぬ抵抗に遭った天使の群れは戸惑ったようにしばし上空にとどまっていたが、やがて一体、また一体と翼を翻して蒼天の向こうに消えていった。




 一〇二五ヒトマルフタゴー時、状況終了。


 重傷のユリエ少尉と被弾・着水したアイ准尉が収容されたのを見届けて、私は甲板上に座り込んでしまった。すぐに駆けつけた衛生兵に担架に乗せられ、どこかへ運ばれていく。致命的な損傷をまぬがれた空母カデクルの飛行甲板を横目で見れば、胴体にウサギのステッカーが貼られた一式艦戦が被弾しつつも帰還を果たしたところだった。




 この日行われた『ザリュウガク沖航空戦』におけるマヤ皇国軍の損害は以下の通り。


 航空母艦カデクル上部兵装破損、駆逐艦ハナユキ小破。

 カデクル航空隊 一式艦上戦闘機六機未帰還。

 ナナイケ基地航空隊 四式戦闘機九機、魔女三名未帰還。

 死者・行方不明者八七名、負傷者二四二名。


 ルルジア連邦軍と天使の先制攻撃を許し多くの損害を出しつつも、虎の子と言える新鋭空母とその戦闘隊が壊滅をまぬがれたのは不幸中の幸いと言って良いのかもしれない。


 だが航空隊の戦力低下が明らかとなった皇国軍はこの日を境に制空権を失い、地上部隊の前進は完全に停止した。

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