ザリュウガク沖航空戦(五)


 ザリュウガク沖航空戦において負傷したユリエ少尉、アイ准尉、ナナミ准尉は戦線を離脱、復帰の見通しは未定。

 先の地上戦で離脱したコナ准尉を含めて四名が入院加療中となった三魔戦は発足当初の人員の三分の一を失い、残された八名もことごとく疲弊し、戦力は半減したと言って良い。


 戦艦クラマ内の更衣室兼待機室にはその八名に加えて悪魔ソロネと黒猫ロクエモンが顔を揃えているが、一様にその表情は暗く沈んでいる。昨年のクリスマスには椅子に座れなかった子が寝転がってケーキとおしゃべりを楽しんだというのに、今では広すぎる部屋が物悲ものがなしい。


 今後の方針を話し合う、といっても大筋は定まっている。ルルジア連邦軍の反撃を受けて徐々に後退しつつある地上部隊を援護するために航空支援エアカバーは欠かせず、既に内定しているという代理の隊長が到着するまでの数日間、私達は被害を抑えつつそれを待たねばならないのだ。




 まずカンナ少尉とサクナ准尉を小隊長として、四名ずつ二交代の輪番ローテーションとすることはごく自然に決まった。以前は四名ずつ三交代、一隊は完全休息だったものだが、少ない人員で最低限の戦力を確保するには休息を削る他に方法がない。


 第一小隊 カンナ少尉、ヒナタ准尉、ミレイ准尉、ミサキ准尉

 第二小隊 サクナ准尉、アコ准尉、リンカ准尉、ミクル准尉

 悪魔ソロネには非常事態が発生した場合のみ、小隊長の判断で出撃を要請する。


 だが予備の汎用はんよう飛行ユニット二機の扱いに話が及んだとき、意見の対立が生まれた。各隊それぞれに一機を割り当てるのか、全体で二機を運用するのか。


「だから、みんなで使えばいいじゃないか! 一番魔力が減ってる人が使うって決めてさ!」


「それだと毎回カンナが使うことになるでしょう? いつも魔力消費も損傷も多いんだから」


「それはボクが一番結果を出してるからだろ! 有効に使ってるんだからいいじゃないか!」


 確かに地上戦においても空戦においても、カンナちゃんの戦果は飛び抜けている。この二ヵ月ほどの間に歩兵戦闘車と輸送車両を合わせて一〇〇両以上撃破、戦車を三両行動不能にしているのだから発言には一理ある、のだけれど。


「撃墜や撃破だけが戦果じゃないよ。地上部隊の支援が私達の任務なんだから」


 サクナ准尉の意見も理にかなっている。十七歳と比較的年長の彼女は戦場全体をよく見ていて、効率的な応戦で味方の被害を最小限にとどめている。これまでも臨時小隊長を務めるなど、ユリエ少尉が最も信頼を置いていた隊員だと言って良い。


「敵の車両を潰せば、それだけ味方の損害が減るに決まってるじゃないか!」


「そのために魔力を使いすぎてユニットが運用できなくなってきてるって、さっきから言ってるでしょう!」


 言い争いの原因はこれだった。連日の戦闘で各員の飛行ユニットがことごとく損傷をこうむっており、出撃時の魔力も軒並み最大値の五割を切っているのだ。しかも予備ユニットを最も多く使用しているカンナ少尉がそれを当然だと主張し、疲労を理由に整備もおざなりなのだから悪く思われるのも無理はない。




 ウェリエルのように悪魔の亡骸なきがらを素材とする特殊飛行ユニットは使用しなければ魔力が自然回復し、翼部の損傷も自己修復されるが、汎用はんよう飛行ユニットはその限りではない。

 汎用飛行ユニットの動力および武装から射出される魔銃弾は有機物から抽出される疑似魔力を使用しており、それは『魔力供給ユニット』と呼ばれる巨大なパッケージ型の装置から供給されている。これにより収納庫に収められた汎用飛行ユニットにはチューブを通じて魔力が充填じゅうてんされるのだが、その速度は二四時間あたり最大五〇パーセント程度であり、同時に接続されるユニットが多ければそれだけ効率は低下する。


 また、炭素繊維製である翼部は戦闘用AIに連動して様々な稼働を要求されるため非常に繊細であり、損傷すれば整備士が手作業で修復することになる。根元から失われるなど損傷が激しければ廃棄することもあるが、片翼だけで戦闘機一機分と言われる費用を考えればおいそれと交換はできない。つまり魔力の回復といい翼部損傷の修復といい、魔女が戦闘力を十全に発揮するには十分な時間と手間が必要なのだ。


「だいたいさ、どうしてわざわざ代理の隊長が来るかわかる? 副隊長のカンナが自分のことしか考えてないからだよ」


「じゃあサクナがやればいいだろ! ボクの言うことなんか一つも聞かないくせに!」


「やめなよ、二人とも。今できることをみんなで考えようよ」


「優等生だね、ミサキは。自分は特殊ユニット持ちだからってさ!」


 仲裁に入ったつもりが私まで巻き込まれ、険悪な雰囲気を察したソロネはとうとうロクエモンを抱いて出て行ってしまった。


 年長のサクナ准尉とリンカ准尉は生意気な態度をとるカンナ少尉をもともと良く思っていなかったし、勤務態度や機体整備の後片付け、待機室の使い方や普段の言葉遣いに至るまで、実は細かい問題を抱えてはいた。戦況が優勢なうちは達成感で覆い隠されていたそれが、ユリエ少尉という精神的支柱を失った今、一気に噴き出してきたのだ。


 一騎当千の魔女である私達も、精神的には未熟な少女でしかない。肉体的に疲弊し、精神の安定を失った三魔戦わたしたちは既に半壊状態にある。私は今まさにそれを思い知らされていた。

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