ダメ子隊長の三魔戦(一)

 二月の末も押し迫ったこの日、戦艦クラマの後部飛行甲板に珍しい機影シルエットが降り立った。


 四枚のメインローター、埋め込み式ダクテッドテールローター、幅の細い胴体、小型軽量で宙返りループ横転ロールまで可能だという要人輸送ヘリコプター【シノビⅡ型】が、護衛の魔女二名とともに着艦したのだ。


「どんな人なのかなあ」


「しっ。降りてくるよ」


 敬礼したまま後部座席を覗き込もうとするカンナちゃんに目配めくばせをして、胸を張り背筋を伸ばす。この輸送ヘリにユリエ少尉に代わる三魔戦隊長代理が搭乗していると聞いて、出迎えというていで見物に来たのだ。




 着艦を済ませてもなお旋回を続けるメインローターが巻き起こす突風の中、私達の目の前に妙齢の魔女が降り立った。


 まず目を引いたのは、ふわふわと軽い印象の明るい色の髪。それから航空黒衣フライトローブに包まれていてさえごまかし切れない、前線勤務の魔女らしからぬぽっちゃりとした体形。さらには穏やかそうと言えなくもないが、正直に言ってしまえば軍人らしからぬ緩んだ表情。私達に対する敬礼もおざなりで、がいして「この人大丈夫かな」という印象を受けてしまった。


 そればかりではない。問題の魔女に続いて姿を現したのは、自尊心と自負心に溢れた印象の中年男性。

 その顔に、というよりも隙なく着こなした高そうな背広スーツと、権力というものが似合いそうな風貌に覚えがあった。確か首相秘書官とかいう――――


「ユキヒト・キタノガワ……」


 隣でカンナちゃんがその人の名前をつぶやいた。




 

 翌二月二八日、三魔戦隊長代理アメコ・オオサキ少尉着任。相次ぐ負傷離脱と隊員同士の不和で崩壊寸前だった三魔戦も、これでようやく戦力を立て直せる。そう思ったのだけれど……


 戦艦クラマ艦橋。三魔戦全員の前で背筋を伸ばし口をの字に曲げているのはチョウジ艦長、締まりのない体で緩んだ口元から声をつむぎ出したのは問題のアメコ少尉。


「やあ、どうもどうも、可愛らしい魔女ちゃん達。新しい隊長のアメコだよ」


 年の頃は二十台後半、ユリエ少尉と同じくらいだろうか。丸い顔に丸い体、ふわふわと軽そうな髪の毛の優しそうなお姉さんだけれど、その表情も口調もなんだか締まらない印象だ。

 副隊長として伴ってきたセリナ准尉、スミレ准尉という同じ年頃の二人の魔女も何だか表情がとぼしくて、皆の顔に不安の色が、頭の中に『ダメ子隊長』という渾名あだなが浮かぶ。


 だがその不安の原因は新しい隊長の容貌や言動だけではない。これに先立つ重大な発表が心に大きく影を落としていたのだ。


 カンナ・イリエ少尉、特別親衛魔女戦隊に転属。彼女はもう昨日のうちに三魔戦の隊員ではなくなったため既に戦艦クラマを去り、この場にいなかった。




 昨日戦艦クラマに降り立った首相秘書官ユキヒト・キタノガワは、さっそく何名かの魔女との面会を要求したそうだ。私が何番目だったのかはわからないが、ともかく彼が待つ狭い空き部屋でパイプ椅子に座り向かい合うことになった。


「やあ、ミサキ准尉。私を覚えているかな?」


「はい」


 私の表情も短い返事もたぶん愛想を欠いていただろうけれど、この人に対してそんなものを振りまく必要を認めない。どうやら相手もそれを察したか、世間話もせずにさっそく本題を切り出した。


「無事で何よりだ。あの時の返事を聞かせてくれないかな?」


「特魔戦の件でしたら、申し訳ありません。辞退させて頂きます」


「おや? きみのためにも、妹さんのためにも良い話だと思ったのだが」


「三魔戦は現在、大事な時期にあります。ユリエ隊長以下四名が離脱した今、私が抜けるわけにはいきません」


「おお、素晴らしい責任感だ」


 首相秘書官は私の返答に構わず、にこやかな笑顔を貼り付かせたまま拍手をした。この人は私を揶揄からかっているのだろうか、それとも馬鹿にしているのだろうか。


「私としては猶更なおさらきみのような魔女が欲しくなった。きみには副隊長の席と少尉昇進を、三魔戦にはきみの代わりを手配しよう」


 違う、この人は意図的に私の意思を無視している。自分が権力の座にあり、小娘一人の意思などどうにでもなるのだと言っている。もっと強い言葉で意思表示をしなければ勝手にじ曲げられてしまうだろう、たちの悪い新聞販売の勧誘のようだ。


「お断りします。他を当たってください」


 毅然きぜんとして立ち上がる。だがこんな小娘の失礼な態度を受けてさえ、この人は分厚いつらの皮を表面に貼り付けたままだった。


「待ちたまえ。きみも良く知る魔女が隊長を務めることになっている、彼女もきみを待っているよ」


「誰のことですか」


「その答えは興味があると思って良いのかな?」


「……失礼します」


 とうとう私は首相秘書官とやらをにらみつけ、そのまま退室してしまった。失礼なのは承知している、でも彼の傲慢な態度と言葉は礼を失してはいなくとも、相手に対する敬意をいちじるしく欠いている。自分でも子供のようだと思うけれど、これ以上あの人と会話を続けることに耐えられそうもなかった。




 彼が言う特魔戦に移籍する魔女とは、カンナちゃんのことだったのか。


 港を見下ろす丘の上で一緒にジェラートを食べたカンナちゃん。飛行甲板でソロネと一緒にバレーボールをしていたカンナちゃん。共にサリエルと戦ったカンナちゃん。

 運動神経が良くて、いつも元気いっぱいで、生意気なふりをしていても実は周りがよく見えていて、本当は優しい撃墜王。別れの挨拶もできないまま、彼女とは道をたがえることになってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る