カンナ隊長の特魔戦


 いくら何でも高すぎるだろ、と思う。


 地上六四階建て、高さ三二五メートル。見上げれば首が痛くなるようなあのビルは建築当時、皇国最大の建造物だったらしい。そして今は皇国最大の廃墟になっている。


 確かに高い空から地上を見下ろすのは気持ちがいい、でもあんな所に住もうとは思わない。電気が止まったら、エレベーターが壊れたら、翼もないただの人間なんて地上に降りることもできないじゃないか。天使が現れてからは補修も整備もできず取り壊すこともできず、今では同じような高層ビルが並んでいた地域全体が立入禁止。まったく迷惑な話だと肩をすくめたくなる。


「カンナ中尉、各員配置完了しました。いつでも行けます」


 新品の航空眼鏡フライトゴーグルに近距離通信の音声が届いた。この声は誰だったかな、確か『魔女の森』を出たばかりの子だと思ったけど。


「おっけー。報告するときは名前も教えてね」


「し、失礼しました! チサ准尉であります!」


 やっぱりそうか。特別親衛魔女戦隊、特魔戦はつい先日発足したばかりで、これが初陣ういじんの子も何人かいる。『魔女の森』では地上戦なんてほとんど教えられないから、余計に緊張するんだろう。


「よし。総員物理障壁フィジカルコート展開、攻撃開始!」




 シエナ共和国の支援を受けているという武装組織がこもるこの施設は地上八階、地下二階の商業ビル跡。それなりに建物の形が残されているから、発電機や通信機器を持ち込めば十分に拠点アジトとして機能するだろう。最新鋭の九式飛行ユニットに連結された七・七ミリ魔銃を正面に向けて撃ち放せば、大きなガラス窓とマネキン人形が盛大に砕け散った。


 この九式ユニットは対天使の基準で言えば第七位階相当。旧型に比べて二・二倍ほどの魔力容量があるし、改良された魔銃は速射性能にも集弾性能にも優れている。特魔戦は文字通り特別で、装備の面でも優遇されているんだ。


「特魔戦だ、両手を上げろ!」


 屋内に飛び込み警告する、でも返ってきたのは降伏の意思ではなく銃弾。強化された物理障壁フィジカルコートは小銃弾なんて全く受け付けないというのに、馬鹿な奴らだ。


「警告したからな!」


 小銃を乱射する三人の男に向けて魔銃弾で応射。でも航空機すら撃墜する七・七ミリ魔銃をまともに浴びれば人間の体なんてバラバラになってしまう。初陣ういじんの後輩にそんなものは見せられないと、奴らの頭上三〇センチメートルに弾列を浴びせかける。砕け散るコンクリートの欠片が頭の上に降り注ぎ、あまりの火力差に恐れをなした男が小銃を捨てて両手を上げた。


「ボクに続け! 一階を制圧するぞ!」


 戦闘機並みの火力、歩兵戦闘車並みの防御力、人間の機動力。その全てを兼ね備える魔女に、たかが武装組織が対抗できる訳がない。一時間と要さず特魔戦は廃墟を完全に制圧した。




 同行してきた歩兵一個中隊に後を任せて、特魔戦専用の歩兵戦闘車へと歩み寄る。九名の隊員が笑顔を、報道陣がカメラをこちらに向けている。


 ボクは小さく溜息ためいきをついた。こいつらは単純でいいなあ、と苦笑する。


 軽火器しか持たない人間が十数名、こんなのは最初から勝敗がわかっている戦闘だ。ピンポイントで拠点の場所が判明しているくらいだから、敵の人数も武装も知れていたんだろう。正規軍なら一個中隊、なんなら二五〇キログラム級爆弾一個で片が付くんだ。気の毒に、あいつらはボク達の初陣の餌にされたんだよ。


 遠慮もなしにテレビカメラとマイクが向けられる、この様子だと明日のテレビジョンや新聞に出るのかな。ちらりと奥に視線を送れば首相秘書官であり特魔戦の責任者であるユキヒト・キタノガワ。わかってるよ、無難ぶなんに相手すればいいんだろ。


「カンナ隊長、テロリスト集団を壊滅させた今のお気持ちを!」


「ええと、魔女の力を皇国のために活かすことができて嬉しく思います」


「皇国魔女航空戦隊発足以来の天才との噂もありますが、それについてはどう思われますか?」


「偉大な先輩達に追いつけるよう頑張ります」


 ありきたりの答えを返して周りを見れば、記者の質問に緊張した面持おももちで答える初々ういういしい魔女達。

 あーあ、馬鹿馬鹿しい。こんなところに報道陣マスコミが来ているのは何故か、ちょっと考えればわかるだろうに。こいつらは最初からこのが欲しかったんだよ、皇国の敵に立ち向かう新たな魔女。こいつらは天使と血みどろの戦いを繰り広げる最前線を取材になんて来やしない、命が惜しいし旨味うまみが無いからだ。


 知ってる、ボクは天才だ。十五歳にして特魔戦隊長、栄光の撃墜王。

 子供の頃からそうだった、ボクにできない事なんてない。でも……ボク自身に選択肢は無かった。




 旧世紀に鉱業と総合建設ゼネコン業で財を成した名門イリエ家に連なる家柄……と言えば聞こえはいいけれど、末端まったんも末端。そのくせ家柄ばかり気にする父親と浪費家の母親のせいで、家にはいつもお金が無かった。

 平和な時代ならそれでも良かった。サッカーでも陸上でもテニスでも、ボクならきっと世界に羽ばたいて、好きなだけお金と名誉を手に入れたことだろうから。


 でもスポーツになんか何の価値も無い今、才能に恵まれた女の子が成り上がる唯一の方法。それが魔女だった。


 ボクはそこでも優秀だった。通常三年の課程を二年で終えて戦場に出ると、瞬く間に撃墜王エースの座にけ上がった。基地航空隊から三魔戦、順調に撃墜数スコアを重ねて歴代九位。一位のルミナ少佐を抜かすのも時間の問題だった……なのにまたボクは選択肢を奪われた。


 ボクの活躍は長らく政権を握る皇民党を支持するイリエ本家の目にまり、奴らはボクに利用価値を見出みいだした。胡散臭うさんくさい首相秘書官とかいう奴が突然やってきて、特魔戦とやらの隊長に祭り上げられた。政府に直属する魔女戦隊、つまり飼い犬だ。

 しかも見栄みばえがするボク達の仕事は、ガラス張りの犬小屋の中で綺麗な服を着せられて国民の皆さんに見てもらうこと。隊員が若くて可愛い子ばかりなのは、何よりも人気が一番だからだ。


「あーあ、せめてミサキがいればなあ……」


 そうつぶやく自分に驚いた。これはボクの本心なんだろうか。


 ユキヒトはミサキを特魔戦の副隊長にえたかったみたいだ。もしソロネも一緒なら戦力的にも無敵だし、可愛らしい子供の悪魔なんて格好の宣伝になるだろう。

 それにミサキ自身も賢い奴だ。戦果は地味だけど頭が切れるし気遣いが上手で、人と人の間を上手く取り持ってくれる。……だからこそこの胡散臭うさんくさい話に気付いて断ったんだろうけど。


 アイツは天才のボクに無いものを持っている。人の言葉の意味をちゃんと理解して、自分の頭で考えて、ボクが二段飛ばしで駆け上がった階段をゆっくり一歩ずつ、妹の手を引いて仲間と一緒に上がってくるような奴。何もかもが正反対でお互い真似のできないことをする、だからこそ仲間に欲しいと思うし、敵に回せば恐ろしいと思う。


 ボクは地上の喧騒けんそうを無視して、水色の空に視線を投げた。


 アイツとはきっとまた大空で会うことになる。そのときお互いどういう立場かはわからないけれど……。

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