ダメ子隊長の三魔戦(二)

 戦艦クラマ内、三魔戦専用の更衣室兼待機室。目の前のガラステーブルの上には四つに畳まれた新聞が載せられ、その表面には『皇国に新たな希望 特別親衛魔女戦隊』という見出しが躍っている。先程それに目を通したところ、テーブルに接する面には隊長であるカンナ中尉の写真が大きく載っていた。


 片やザリュウガク方面の戦況については、ごく小さなスペースで『一進一退』と触れられているのみ。

 だが実際にはルルジア軍の反撃を受けて地上部隊は後退を重ね、寒さが緩む三月に入ってからは五〇キロメートル余りの距離を押し戻されている。このままではせっかく確保した橋頭堡きょうとうほを失いイナ州の大地から追い出されかねないというのに、ずいぶんと呑気のんきな記事だ。




 けっぱなしのテレビジョンの中では相変わらず、国営放送の女性アナウンサーが来週行われる総選挙のニュースを読み上げている。

 その姿が消え、代わりに争点の一つである『イナ州奪還を望むか?』という世論調査を行った結果が円グラフで表示された。『望む』『どちらかといえば望む』という意見が約八五パーセント、『望まない』『どちらかといえば望まない』が約一五パーセント。


 それはそうだろう、たった五年前に理不尽にも奪われた広大な国土、そこに肉親や友人が住んでいた人も多いのだから。

 でもこれは質問が悪いと思う、『その対価となる犠牲を払ってでも』という前提が抜けているのだから。私だって蹂躙じゅうりんされた故郷を取り返したい、思い出の地を訪れたい、犠牲になった人達に花の一つも手向たむけたい。ただそれが今この時にも銃弾に体をえぐられる兵士や、冷たい海にちていく魔女の命と引き換えだとすればどうだろうか。いつその立場になるかわからない私でさえ、簡単にその答えは出ない。




 いつしか画面が切り替わり、同時に女性アナウンサーの声と表情が不自然なほど明るくなった。


「次はこちらの話題です。先日発足した『特別親衛魔女戦隊』が武装組織の拠点を制圧、十七名を逮捕しました」


 画面に大写しになったのは記者の質問に答えるカンナちゃん、どうやらその拠点とやらを制圧した直後の映像なのだろう。


『カンナ隊長、テロリスト集団を壊滅させた今のお気持ちを!』


『ええと、魔女の力を皇国のために活かすことができて嬉しく思います』


『皇国魔女航空戦隊発足以来の天才との噂もありますが、それについてはどう思われますか?』


『偉大な先輩達に追いつけるよう……』


 彼女をあまり良く思っていなかったリンカ准尉の目配めくばせを受けてリモコンを操作し、チャンネルを切り替えた。爽やかにスポーツドリンクを飲み干す女優さんを視界に残しつつ、頭の中では先程の映像を浮かべて膝を抱え込む。


 ――――随分と違和感のある姿だった。カンナちゃんらしくもない無難な受け答え、まるで決められた言葉をしゃべるだけの良くできたお人形さんのようだ。

 彼女は基本的に賢いお調子者なのだから、自然体ならもっと生意気な受け答えをするはずだ。テレビジョンのカメラを向けられればむしろ計算ずくで天真爛漫てんしんらんまんな姿を見せて、人気を独占しようとするに違いない。


 それにこのニュース。武装勢力とはいえ少人数、せいぜい小銃くらいしか所有していない集団だろう。それに対して最低でも七・七ミリ魔銃を装備し、物理障壁フィジカルコートを展開できる魔女は過剰な戦力と言って良い。まして彼女は単独で第六位階【能天使パワー】さえ撃破する撃墜王、地面に足を着けて人間と戦うなど、大空を舞う鷹に紐をくくりつけて蚯蚓みみずを与えるようなものだ。あの子がそんな環境を望む訳がない。


 カンナちゃんの才能は空戦に特化したものではない、あの子には様々なことが見えている。汚い大人達の思惑に気付かない訳がない。

 特魔戦に移籍したのには、いや、しなければならなかったのには、きっと私の知らない事情があるはずだ。彼女は決して飾り物で終わるような子ではない、若すぎる鷹を鳥籠に収めておくことなどできるはずがないのだ。




 一二一〇ヒトフタヒトマル時。地上部隊の航空支援エアカバーに向かう時刻をとうに過ぎているというのに、戦艦クラマの後部飛行甲板には私とリンカ准尉しかいない。肝心のアメコ隊長が姿を現さないのだ。しびれを切らして甲板から個室に艦内電話を入れてみれば、なんとまだ寝ていたとの回答。


「あれえ? 十四時って聞いてたんだけど」


一二〇〇ヒトフタマルマル時です! 早く来てください!」


 いくら何でもこれは酷すぎる。皇国軍では聞き間違いを防ぐためにわざわざ「一」を「イチ」ではなく「ヒト」、「二」を「ニ」ではなく「フタ」と呼称するのだけれど、そんな基本中の基本すら身についていないのだろうか。


「まったくもう! 何やってんのよ、ダメ子の奴!」


 リンカ准尉などは半泣きで愚痴をこぼしたものだが、私はどこか違和感を覚えていた。アメコ隊長は隊員のユニットをうっかり分解整備に回してしまったり、寝坊して大遅刻したり、司令部への報告をおこたったりして皆から『ダメ子隊長』と呼ばれているのだけれど、司令官の怒声も隊員の白目もどこ吹く風で受け流し、泰然たいぜんとして悪びれない。


「いやあ、ごめんごめん。もうちょっと寝れると思ったんだけどさあ」


 リンカ准尉の抗議の視線を浴びつつ、淡々と離陸準備を進めるダメ子隊長。よく見ればその手際てぎわはユリエ少尉並みに完璧で、ふんわりとした髪の毛に寝癖はついていない。


 ダメ子隊長の航空支援エアカバーは毎度おざなりで、天使が現れても最低限の交戦を行っては威嚇射撃に終始するばかり。連れて来た副隊長二名も同じような有様で、最初から航空支援エアカバーを期待しなくなった地上部隊は日々戦線を下げ続け、私達はまさにイナ州の大地から追い出されようとしているのだけれど――――


「ウェリエル、出撃するよ。具合はどう?」


『飛行ユニット【ウェリエル】起動。魔力残量九二パーセント、翼部損傷無し。全機能良好オールグリーン、出撃可能』


 だがいつの間にか三魔戦全員の心身も、飛行ユニットの状態も良好と言えるほどに回復している。

 この人はもしかして。ちらりとアメコ隊長の横顔を見ると、相変わらず締まりのない口が半開きになっていた。



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