ザリュウガク沖航空戦(三)


 私とアイ准尉は権天使プリンシパリティに対する包囲を解いた。撃墜を諦めたわけではなく、頭上からの弾列を回避しなければならなかったためだ。


『有力な敵機の接近を確認。第六位階天使【能天使パワー】と推定』


「うそ、まだ来るの……?」


 数機を引き連れるようにして現れたのは、権天使プリンシパリティよりも一回り大きな天使。能天使パワーと推定されるそれは私達に構わず、周囲の天使を従えて第七艦隊に向かった。


「アイちゃん、まだいける?」


「……っ、だいじょうぶ、です」


 とても大丈夫とは思えない顔色の小さな魔女は、私に続いて高度を上げつつ天使の群れを追った。年下の女の子に無理をさせるのは心が痛むけれど、艦隊を失えば私達もこの冷たい海に沈むしかない。ここは無理を押して通さなければ生き残れない場所なのだから。




 対空砲火を搔いくぐって第七艦隊外縁に達した天使達はそれぞれの艦艇に狙いを定め、一気に高度を下げた。対空機銃をまともに浴びて肉塊と化す者もいるが、彼らは仲間の凄惨な死にざまをものともせずさらに接近、ついに甲板上に降り立った。


 どうする? 第六位階能天使パワーは空母カデクルに、第七位階権天使プリンシパリティは戦艦クラマに向かった。味方艦の甲板上ではもはや航空機も対空機銃も用を為さず、小銃などの軽火器などでは歯が立たず、つまり彼らに対抗できるのは私達魔女のみ。主力艦か母艦か、どちらかを見捨てなければならないのか――――


 その時クラマの昇降装置エレベーターから姿を現したのは、黒髪をツインテールにまとめた小柄な女の子。


 襟とネクタイのついた白い半袖シャツ、大きめのショートパンツ。水兵を模したような可愛らしい服装だけれど、血と砲煙が渦巻く厳寒の海においてこんな格好で甲板に出るのは普通の子供ではありえない。そのような常識も彼らには通じなかったのだろう、少女に向けて無造作に聖剣を振り下ろした天使は、無造作に頭部をがれて冬の海に投げ捨てられた。


「艦長が出ていいって。いいよね? お姉ちゃん」


「助かったよ。ソロネ、クラマをお願い!」


「りょうかい」


 たぶん私達を真似したのだろう、とても良い返事をもらった私は後顧の憂いなくカデクルの援護に向かった。




 二四二メートルの飛行甲板を有し、最大七五機の搭載を可能とする最新鋭航空母艦カデクル。ヴィラ島沖海戦においてその航空隊は遺憾なく実力を発揮し、名実ともに皇国の希望の一つとなりつつある。


 だが今。その甲板には数機の天使が群がり、思うがままに破壊の限りを尽くしている。機銃を打ち壊し、構造物を破壊し、飛行甲板に傷を刻む。このままでは艦載機の着艦が不可能になり、出撃中の一式艦戦を全て失うことになってしまう。


「アイちゃん、援護して!」


「はい!」


 甲板上で破壊行為を続ける天使に向けて七・七ミリ連装魔銃を掃射、アイ准尉もそれに続いて二機を排除。まさか味方艦の艦上で掃射を浴びせることになろうとは、と思いつつ翼をひるがえして旋回、降下してきた天使を迎え撃つ。擦れ違いざまに魔銃弾を叩き込んだものの、同程度の被害をこうむった。


「んっ……」


『被弾を確認。物理障壁フィジカルコート損傷率五七パーセント』


 物理障壁フィジカルコートだけではない。魔力残量ゲージ、翼部損傷表示、耳障みみざわりな警報音とともにいくつもの警告灯が赤く点滅し、ウェリエルの継戦能力が限界に近付いていることを表している。

 私自身も似たようなものだ。体の震えが止まらない、視界にもやがかかったようにかすむ、重い連装魔銃を放り投げて海に身を投げ出したくなる。

 きっとそれは私だけに限ったことではない。数的不利、魔力の枯渇、疲労の蓄積、敵の手に落ちつつある主力艦、もはや戦況は絶望的と言って良いだろう。でも……


「でも私は! まだ生きてる!」


 この冷たい海に沈んだ人達は、大空に散った仲間達は、もう戦うことができない。でも私はまだ生きている、この背中には黒い翼があり、この手には天使にあらがうことができる武器が握られている。ならばやる事は一つだけ、動けなくなるまで、戦えなくなるまであらがい続けるだけだ。


「武装を魔剣サーベルに変更!」


『武装を魔剣サーベルに変更します』


 武装を魔力消費が最も少ない魔剣サーベルに変更、アイ准尉の援護射撃を受けて甲板上を駆ける。魔女らしくもなく自らの足で間合いを詰めようとする私を格好の獲物と思ったのだろう、天使からの砲火が襲う、その直前。


推進機スラスター開け!」


 推進機スラスターによる急加速を受けた私は敵の予測をはるかに上回る速度で甲板上を滑り、横ぎに魔剣サーベルを振るった。身を隠す機銃座ごと真二つになった天使には目もくれず、見上げれば艦橋付近に巨大な影。先程の能天使パワーに違いない。


 機銃座の残骸を足場にして跳躍、もはや穴だらけになったウェリエルの翼に無理をいて舞い上がり、まさにカデクルの艦橋に光弾を撃ち込もうとする能天使パワーを下から斬り上げる。魔剣サーベルを通してこの手に伝わる肉を裂く感触、だが浅い。報復の拳打を顔面に受けて物理障壁フィジカルコートが消失、生身で艦橋に叩きつけられた私は身動きもとれないまま、天使の右手に白く輝く聖剣が生成されるのを見ていることしかできなかった。


 これまでか。せめて自分の未来を奪った敵を睨みつけようと顔を上げた、その私の目に映ったのは、律動的リズミカルな発射音に合わせて鮮血の舞踏を踊る能天使パワーだった。


「あはははは! 踊りなさい、無様ぶざまに、醜く、血を噴き出して! 神の御許みもととやらに送ってあげる!」


 見上げれば声がしたそこに『優しいみんなのお姉さん』の姿は無く、血に飢えた狼が口元を三日月形にゆがめて魔銃弾を乱射していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る