ザリュウガク沖航空戦(二)

 どこまでも澄んだ冬の空、その下で行われているのは凄惨な生存競争。翼ある生物と翼なき生物、鋼鉄の翼を持つ機械が互いを蹴落とし、喰らい合う。白く輝く光弾と赤く連なる魔銃弾、光の尾をいて流れる機銃弾が空を埋め尽くし、虚空に赤く花弁を散らす。第七艦隊の至近で繰り広げられる死闘はどちらが勝るとも見えず、はてのない蒼天にってさえ血と火薬の匂いでむせ返るようだ。


「ウェリエル、敵機の数はわかる?」


『全周囲画像取得中……処理中……処理中……ルルジア連邦所属戦闘機六二機、天使五七機』


「多い……!」


 明らかな数的不利。確かカデクル戦闘隊の一式艦戦は四〇機、ナナイケ基地の四式戦は三六機。だがこれまでの戦闘で損耗を重ねている上に整備が追い付かず、稼働率は六割を切っているだろう。

 魔女に目を移しても同様だ。三魔戦とナナイケ航空隊の魔女を合わせて最大で三六名、それも現在ではどれほど残っているか。しかもこれはウェリエルに搭載されたカメラの画像から敵味方を判別できる範囲に限っての数、それだけで一〇〇機を超えるということだ。


 これまで彼らは数機程度で気まぐれに私達を追い回しているに過ぎなかったのに、この突然の空襲は何だというのか。単にザリュウガク城砦の天使と航空機が増強されたのか、あるいは――――第七艦隊わたしたちは敵の攻撃圏内に誘い出されたのか。




 それでもこの戦いは一方的なものではなかった。高度二〇〇〇メートル帯、航空機が主役となるここではカデクル戦闘隊の一式艦戦がルルジア連邦のVolk-7戦闘機と覇を競い合っている。


 Volk-7、通称【白狼】。比較的小型である一式艦上戦闘機よりもさらに一回り小さく、機首には二〇ミリ機関砲を備えたルルジア連邦軍の主力戦闘機。

 その機体の大半はなんと木材と布で作られており、武装を含めれば重量三〇〇〇キログラムを超えてしまうため、大出力エンジンをもってしてもその機動性と操作性は劣悪とされる。ただし最高速度は時速五五〇キロメートルに達するという、一式戦とは違った意味で極端な性能の航空機だ。


「俺の真似しようなんて思うなよ。怪我じゃすまねえぞ!」


 垂直に降下しつつ敵機の操縦席コクピットを破壊、紙飛行機のごとくくるりと姿勢を立て直してみせたのは黄線二条に赤丸が描かれた機体、カイト曹長。自らの機動で限界に近い負荷を愛機にかけているのだけれど、知ってか知らずか当人は平然としている。


「は、はい!」


 律儀に応答を返しつつ追従するのは水兵セーラー服を着たウサギのステッカー、『ラビットガールウサギちゃん』の一式艦戦。一撃離脱戦法を許しては分が悪いと見た彼らは広く散開しつつ軽快に弧を描き、敵機の側背から機銃弾を浴びせかける。数的優位にもかかわらず決定的な打撃を与えられない白狼の群れは苛立いらだち、主導権はカデクル戦闘隊に移りつつあった。




 高度二〇〇メートル以下の低空帯は天使と魔女が入り乱れる混戦模様。サクナ准尉以下の私達はその中に四機編隊で突入したのだが、一斉射で一機の天使を共同撃墜したのみで散開した。

 防衛戦、しかもこれほどの混戦とあっては編隊を組む利点メリットが薄く、各個に敵と交戦した方が効率が良い。つまりこれからは自分自身の目と腕と、それから運が頼りだ。


 そして――――それらを最も高い水準で兼ね備える魔女が、三魔戦うちには存在する。


「後ろをとったつもり? 見えてるんだなー、これが」


 若すぎる撃墜王エース、カンナ少尉は前後から天使に挟み込まれたにも関わらず、背後からの敵弾を振り返りもせずに回避。しかもその回避運動中に前方の敵に魔銃弾を浴びせるという離れ技を見せて、この日もさらに撃墜数スコアを伸ばした。だがその直後。


「うう……っ!?」


 背後から迫る聖剣を自らの魔剣で受け止めたものの、力負けして弾き飛ばされるカンナ少尉。咄嗟とっさ推進機スラスターを開いて追撃の光弾を緊急回避したのはさすがだけれど、口元からは余裕の笑みが消えていた。


「こいつ、権天使プリンシパリティだ」




 同時刻。私は航空母艦カデクルに接近しようとする一際ひときわ大きな天使を発見、上方前後からアイ准尉と共に挟み込んで二つの螺旋機動の中に敵を閉じ込めた。必勝の態勢からの斉射、だがそれは多少の着弾をものともしない反撃によって打ち破られたばかりか、体調不良のためかやや精彩を欠くアイ准尉が被弾。物理障壁フィジカルコートに致命的な亀裂が走った。


「ウェリエル、こいつの位階は?」


『第七位階【権天使プリンシパリティ】と推定。警告、警告、魔力残量三〇パーセント、翼部損傷五一パーセント』


 気付いてはいた。先程からウェリエルの魔力残量ゲージが黄色に変わり、人体を模した図の左翼部分が赤く点滅していることに。私自身も悪寒と全身の震えが止まらない、きっとアイちゃんも同じような状態に違いない。


 先制攻撃を許し、数的不利に加えて上位天使の出現。疲弊した魔女達はもはや追い詰められつつあった。



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