我、敵艦隊ヲ発見ス(二)


 偵察飛行中に発見した敵艦艇から思わぬ伏兵が現れた。蒼天に白い翼を広げる天使が二機、左右後方から私を挟み込むように追尾してくる。


「ウェリエル、敵は第九位階で間違いない?」


『映像を確認。第九位階【天使エンジェル】二機と推定します』


「よし……!」


 それならば振り切れる、と私は少し楽観した。同じ第九位階でも特殊ユニットであるウェリエルは僅かながら性能面で天使を上回っており、推力を全開にすれば追いつかれることはないはずだ。


『至近弾擦過さっか物理障壁フィジカルコート損傷率二パーセント』


 だがいくつもの光弾が身をかすめ、空を貫いていく。さすがに直線的な機動では狙われるかと回避運動を織り交ぜる、だがそうすれば速度と距離を損失ロスして少しずつ差を詰められてしまう。


「駄目か……威嚇射撃くらいはしなきゃ」


 ならば敵にも回避行動をとらせようと、七・七ミリ連装魔銃の銃口を後方に向けて魔銃弾をばら撒く。だが相手は戦い慣れた様子でこちらの威嚇射撃など意に介さず、さらに距離を詰めてきた。

 ちらりと後方を振り返れば、ぴったりと追尾されたまま彼我ひがの距離は八百から七百メートル。いけない、このままではいずれ射程距離に捉えられてしまうと嫌な予感が頭をよぎった瞬間、またしても至近弾がガラスを引っ掻くような擦過音を立てて右の太腿をかすめた。


『至近弾擦過さっか物理障壁フィジカルコート損傷率五パーセント』


「……ええい!」


 相次ぐ至近弾を受けて私は焦ったのだろう、思い切ったように見えて中途半端な行動を取ってしまった。体を捻って上昇しつつ左側の天使に狙いを定めて一連射、二連射。だが赤く光る弾列は軽やかに回避する敵に触れることなく空に吸い込まれ、ただ速度と魔力を浪費しただけ。そればかりか好機と見たもう一機の天使が肉迫しつつ続けざまに光弾を撃ち出し、一弾が右の肩口に直撃。体を覆う虹色の障壁に弾けて光の飛沫を虚空に散らす。


『被弾確認。物理障壁フィジカルコート損傷率二十七パーセント』


「くうっ! 私の馬鹿!」


 どうやらこの天使は手強てごわい。逃げ切るなら逃げ切る、戦うなら戦うと方針を定めなかった自分の判断ミスだ。戦場において優柔不断と中途半端は即、死に繋がる。もはや新兵ではない私はそれで空に散った仲間を何人も見てきたというのに、こんなことでウェリエルの代わりなど務まるものか。


 左右からの弾列をかわしきれず、頭部付近にもう一度被弾。障壁コートの損傷率が五十パーセントを超え、次に私を襲ったのは後悔と動揺。気づけば視界左側の表示部ディスプレイに何も表示されていない、速度も、高度も、現在位置も、魔力残量も、母艦の位置も!


「うそ、こんな時に!」


 ごくまれに、被弾や機動の衝撃で眼鏡ゴーグルが破損したり表示部ディスプレイに異常をきたすことがあると聞くけれど、私がそれに見舞われたのは初めてだ。動揺のあまり姿勢制御もままならず、天使がかざす光の剣がまともに脇腹を捉えた。びしりと嫌な音がして虹色の障壁コートに広がる亀裂、もはや自分がどんな体勢なのかもわからないまま落下を続け、南の島らしい透明感のある海面が間近に迫る。


『高度急速低下。緊急制御の必要を認めます。姿勢制御バランスコントロール自動オートに変更しますか?』


「許可! お願い、ウェリエル!」


 間一髪。ウェリエルの緊急制御のおかげで海面ぎりぎりで、いや、海面に片足を引きずるように着水させつつ体勢を立て直す。おそらく墜落必至と判断したであろう二機の天使から僅かながら距離をとることができた。


姿勢制御バランスコントロール手動マニュアルに変更! 障壁コートの損傷率は!?」


姿勢制御バランスコントロール手動マニュアルに変更。物理障壁フィジカルコート損傷率九十二パーセント』


推進機スラスター開け! 逃げるよ、ウェリエル!」


 海面をかすめつつ急加速、さらに推進機スラスターを五秒間開放。視界のすべてが後ろに吹き飛んでいくようだ、おそらくこの時の私は開発中の八式戦闘機でも追いつけない速度に達していただろう。

 藍玉色アクアマリン画布キャンバスに一筋の白線を引いて低空を翔ける。この水平線の向こうに母艦クラマは、ソロネは私を待っているだろうか。

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