我、敵艦隊ヲ発見ス(三)


 高度は僅か数メートル。手が届きそうな碧色の海面と白い珊瑚礁さんごしょう、だがその絶景を穿うがつ敵弾が台無しにする。


 現在位置不明、速度不明、魔力残量不明。航空眼鏡フライトゴーグル表示部ディスプレイは依然として沈黙したままであり、母艦までの距離も方角もわからない。ただ救いはウェリエルと戦闘用AIが無事だったことだ、必要な情報をAIに尋ねれば音声で回答を得ることができる……のだけれど。


「母艦クラマの現在地は!?」


『クラマ現在地 北緯十五度十七分三十三秒、東経百二十一度〇二分十四秒』


「ここからの方角と距離は!?」


『現在地より方位角八十五度、距離三十二キロメートル』


 意外と近い、高度を上げればすぐにでも目視できる距離だ。でも音声だけじゃ方向が全くわからない! いま私は母艦に近づいているのか、それとも遠ざかっているのか?


「私が進んでいる方角は……きゃあっ!」


『当機の進行方向は方位角四度。至近弾擦過さっか物理障壁フィジカルコート損傷率九十五パーセント』


 たび重なる至近弾、ガラスが擦れるような音と共に七色の光の欠片がこぼれ落ちていく。これではいけない、耳からの情報に気を取られて回避運動がおろそかになれば瞬く間に撃墜されてしまうことだろう。


物理障壁フィジカルコート損傷率増大。新たに物理障壁フィジカルコートを展開しますか?』


 またしても私は迷った。物理障壁フィジカルコートを再度展開すれば多少の被弾には耐えられるが、おそらく三十パーセントを切っている魔力残量のほとんどを消費してしまう。推進力、魔銃弾、姿勢制御の全てに魔力を使用している以上、それが尽きれば障壁コートがあろうが墜落して海の藻屑だ。いずれにしても賭けには違いない、障壁コートと航続距離のどちらを取るか?


物理障壁フィジカルコート展開!」


物理障壁フィジカルコートを展開します』


 頼りなげに明滅していた七色の光が力を取り戻し、陽光を反射してきらりと光る。これで数発の直撃弾をもらっても耐えられるが……


『魔力残量三パーセント。省力モードに移行しますか?』


「だめー!!」


 思っていたよりも残量が少なかった! だが全ての魔力消費行動を七割カットする省力モードへの移行は否定、いま速度を緩めれば格好の的になってしまう。

 こうなったら魔力をすべて推進力にして逃げるしかない、だがそれもあと数分か。母艦の方角もわからない私は最後の賭けに出た。藍玉色アクアマリンの海面を蹴るようにして急上昇、龍が天に昇るような角度で空を突き上げる。


「信号弾、全弾発射!」


『信号弾を全弾発射します』


 黄、青、緑、残っていた三色の信号弾を全て大空に打ち上げた。この信号自体に意味は無い、至近にいるはずの母艦に私の位置を知らせるだけだ。おそらくは先程の赤色信号弾で救援を用意してくれているはずだから、あとは仲間の到着まで時間を稼ぐだけ……


『魔力残量ゼロパーセント。滑空モードに移行します』


「うそっ!?」


 抑揚のない声で非情な通告。推進力が途切れた私はもはや羽ばたくこともできず、速度を減衰しつつ空を滑るのみ。左右から交差する敵弾が虹色の障壁を何度も叩き、耳障みみざわりな音とともに亀裂が広がっていく。


『複数の着弾を確認。物理障壁フィジカルコート損傷率七十六パーセント』


 駄目か。賭けに敗れた私には、撃墜される時を少し先延ばしにする程度の選択肢しか残されていない。必死に翼を傾け、前傾して多少の速度を得るものの、ただそれだけ。これでは七面鳥より酷いただの的だ。何度も直撃弾を受けた障壁コートがとうとうガラス窓のように砕け散り、海風が顔を叩いた。


 不思議と後悔は無い、本来私はあの時死ぬはずだったのだから。でも思い残したことはある。


「ごめん、ウェリエル。ソロネを守ってあげられなくて。ソロネにまた悲しい思いをさせちゃって……」


 すぐ後ろに迫る天使の姿、もはや避けようもない。続けざまに放たれた光弾が生身の肉体に弾ける音がして、私の体はこれまで何度も見た仲間達のように空に四散……していない?


 思わず振り返った私の目に映ったのは着弾の衝撃で弾けた水色のワンピースと、今朝三つ編みにしてあげたばかりの黒髪。


「うそ! ソロネ、どうして!」


 私が守るべき妹は、私が受けるべき敵弾を全てその身に浴びていた。


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