ヴィラ島沖海戦(二)

 シエナ共和国艦上爆撃機『ミィエ-Ⅲ』。


 複座式の戦闘爆撃機であり、名前が示す通り二度の改良モデルチェンジを行っているが、そのたびに施した大型化・重装甲化・大出力化・重武装化が速度の低下と操縦性の悪化を招いたといういわくつきの機体で、その生還率の低さから『空飛ぶ爆弾』という不名誉な愛称をつけられている。


 彼らの目的は敵艦隊に向けてその胴体に抱えた五〇〇キログラム級爆弾を投下すること。私達は何としてもそれを防がなければならない。

 障害となるのは機体前方の七・七ミリ機銃二門と後方の十二・七ミリ旋回機銃一門。火力そのものは私達に匹敵するのだ、鈍重な爆撃機とあなどって迂闊うかつに近付けば蜂の巣にされかねない。




 夕闇迫るフェリペ諸島上空、高度四八〇〇メートル。私達は敵編隊やや上方から一斉に魔銃弾を撃ち下ろした。


「いっちばーん!」


 言葉通り一番槍をつけたのは若すぎる撃墜王エース、カンナ少尉。軽やかに敵弾を回避しつつ螺旋機動バレルロールの最中に自弾を命中させるという離れわざを見せて、早くも通算撃墜数スコアを八十五に伸ばした。


「あははははは! 図体ずうたいがでかいとどこに撃っても当たるわね!」


 ユリエ少尉が久しぶりに『飢えた狼』の本能をさらけ出して二〇ミリ魔銃を連射。風防の防弾ガラスが負荷に耐えかねて弾け飛び、たかる虫とてない高空に血の花が咲く。面倒見の良いお姉さんもこの日ばかりは復讐の狼と化して敵の血を舐め取らんばかりだ。


「ええい、もう……!」


 だが私の魔銃弾は紫色の虚空に吸い込まれていくばかり。確かに私は射撃があまり得意ではない。『豆鉄砲』とすら言われる貧弱な七・七ミリ連装魔銃を愛用しているのも、魔力消費の少ない弾をばら撒いて敵を牽制するためだ。だから私の通算撃墜数スコアはたったの三機、二年間の前線勤務を経験している魔女としてはかなり少ない。


 おまけにこの二〇ミリ魔銃ときたら、重くて長くて取り回しが難しい上に魔銃弾の自重で弾道が垂れてしまう。目標との距離が遠ければその誤差を自分で修正しなければならないのだ。さらには消費魔力も七・七ミリ魔銃の五倍なのだから扱いにくいことこの上ない……カンナ少尉やユリエ少尉は上手く扱っているのだから、言い訳にはならないけれど。




 とはいえ小回りが利く高火力の魔女と、鈍重でそもそも格闘戦ができない爆撃機では勝負にならない。一機、また一機と黒煙を噴きつつ雲の中に消え、生き残った半数も攻撃を諦めて爆弾を手放し、恐るべき魔女の手から逃れようとする。どうやら艦隊の防衛に成功したようだ、あとは逃げる爆撃機を追撃して……


「ミサキちゃん! 後方に一機!」


 だがユリエ少尉の声で一気に冷汗が噴き出した。背後から機銃掃射を受けるものと覚悟したのだが、事態はもっと深刻だった。


 振り返れば雲の海に沈む灰色の尻尾。生き残った爆撃機が背面飛行から降下ダイブに移ったのだ。

 こちらの艦隊を発見したのか? いや、この高度、この雲量でそれは無い。被弾して自棄やけになった末の当てずっぽうだ、でももしこの直下に第七艦隊がいたら……


「追います!」


 背面飛行のまま急角度で降下を続けるミィエ-Ⅲ。やはり被弾の末に燃料を失い帰還不可能と見ての自爆攻撃なのだろう、燃料タンクから噴き出すガソリンが黒い散弾となって全身を叩く。それは物理障壁フィジカルコートに損傷を与えるほどではないものの、群がる雲と相まって視界を妨げる。


 突如として視界が開けた。ようやく雲の下に出たようだ、はるか下の紫色の海に浮かぶものは……


「最悪……!」


 私は下品にも舌打ちしそうになった。マヤ皇国軍第七艦隊、航空母艦カデクル。艦隊の総力を挙げて護るべき主力艦が私達の真下に晒されている。いくら戦闘を有利に進めていようと、この艦を沈められれば皇国軍わたしたちの負けだ。


「ええい、ちろ! これでっ!」


 背面飛行を続ける剥き出しの胴体に向けて二〇ミリ魔銃を叩き込む。さすがにこの至近距離で外れるわけもなくいくつもの風穴が開くも、機体をがたがたと震わせながらも加速を続ける敵機。

 既に速度は時速五〇〇キロメートルを超えている、機体の空中分解を防ぐために搭載されているはずのダイブブレーキが破損しているか、それとも意図的に解除しているのか。高度も八〇〇メートルを切り、いつお腹の五〇〇キログラム級爆弾を投下されてもおかしくない。本来ならば全艦の対空機銃で集中砲火を浴びせるところだが、私がいるために撃てないのだろうか。つまり私が航空母艦カデクルを、乗員八六〇名を死の淵にさらしている!


推進機スラスター全開!」


推進機スラスター全開』


 物理障壁フィジカルコートが無ければ失神してしまうほどの速度からさらに増速。速度計の一桁目が六を示した時、敵機の操縦席コクピットが真横に見えた。後部席には機体に合わせてがたがたと頭を揺らすだけの人形のようなもの、操縦席には私に向けて目と口を一杯に開いた若い男の人。


「魔女め――――!!」


 彼は最期にそう言ったに違いない。風防は完全に閉じていたし、それを聞き取る余裕もなかったけれど。

 ただ両手に構えた二〇ミリ魔銃の銃口を向けて引金を引いた、ただそれだけ。防弾ガラス製の風防が吹き飛び洋上六〇〇メートルに赤い華が咲いた、ただそれだけ。制御を失った機体はくるくると回転しつつ不規則な軌跡を描き、第七艦隊が描く輪形陣の内側に派手な水柱を上げた。


「はあ、はっ、はあっ……っ」


 互いの無事を知らせる近距離通信に交じって歓声が上がったようだが、乱れきった自分の呼吸がうるさくてよく聞こえない。だが視界の左下で赤く点滅する『CAUTION』という文字と、耳元で鳴り響く警告音は無視することができなかった。


『警告、警告。有力な敵対勢力の接近を確認。第五位階【力天使ヴァーチェ】、個体名【サリエル】と推定』


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