ヴィラ島沖海戦(一)


 一七一〇ヒトナナヒトマル時、敵影見ゆ。


 その報を受け、皇国第七艦隊はにわかに慌ただしくなった。第一種戦闘配置の指示が下され、持ち場に着く兵士でごった返す。ただ艦内空間スペースに余裕がある戦艦クラマは通路の導線が左右にきっちりと分けられているため、慌ただしくとも混乱することはない。


 画像解析の結果、捕捉した敵艦隊は九隻。シエナ共和国ホタン級巡洋艦二隻、およびヘイロン級駆逐艦六隻、それから……


 航空母艦アンシャン。この『すい』作戦の目的はの空母を撃破し、フェリペ諸島一帯の制海権を確保することだ。目的の敵艦と接敵を果たしたことはまず成功と言って良い。


 こちらは航空母艦カデクル、戦艦ヒラヌマ、同クラマ、巡洋艦三、駆逐艦八の計十四隻。数の上でも砲撃火力の上でもこちらに分があるのだけれど、問題はアンシャンだ。


 敵艦載機の数はこちらの航空母艦カデクルとほぼ同数と推定されるが天使の数は不明、さらに一帯は敵勢力下にあるため時間をかければ増援が現れる可能性も否定できない。

 これほど不利な要素があるにも関わらずこの作戦を決行したのは、第一魔女航空戦隊、一魔戦に対する絶対的な信頼があるからだ。一騎当千、世界最強と称される彼女らが敗れるわけがないという評判はおごりに近いものがあるけれど、実際に為すすべもなく蹴散らされた私達が言うべきことは無い。




 この敵艦隊に対して、第七艦隊司令官サダミツ中将はやや定石から外れた決定を下した。カデクル戦闘隊および一魔戦には全機出撃を命じたが、爆撃隊には待機を、三魔戦には艦隊直掩ちょくえんを命じたのだ。


 本来であれば全機出撃してただちに雌雄を決するところだが、これはおそらく時刻と天候を考慮したのだろうとユリエ隊長は言っていた。

 季節は秋、天候はくもり。既に陽が傾きつつあるこの時刻からでは制空権争いに決着がつかず、爆撃機が敵艦隊上空に達する頃には目標を視認できなくなっているかもしれない。本当の決着は明日以降と見たのではないか、と。


 私にその是非はわからない。第七艦隊の上空一〇〇〇メートルから五〇〇〇メートルの高空域に広く散開して索敵を行う私達にできるのは、司令官の命に従い敵を迎撃することだけだ。


「ヒラヌマより三魔戦、探知機レーダーに感あり。正体不明機複数接近、方位二-五-〇、距離六〇〇〇!」


「三魔戦一番機了解。一番機より各機、艦隊直上五〇〇〇に集結せよ」


 旗艦ヒラヌマから雑音交じりの通信が届き、即座にユリエ少尉から指示が下った。

 了解と応じて湿った翼に力を込め、灰色の塊のただ中を上昇。この距離で探知機レーダーや通信が生きているということは接近中の何者かは天使ではない、おそらく敵の爆撃機。この時刻、この雲量でも敵司令官は爆撃が可能と見たのか、それとも……




 前触れもなく視界の全てが白く輝いた。いや、よく見渡せばオレンジ色から紫色に、限界まで薄めた絵の具で描かれたように色が着けられている。どうやら考えがまとまらないうちに雲の上に出たようだ。

 現在高度は約四八〇〇メートル、気温摂氏四度、気圧五七〇ヘクトパスカル。物理障壁フィジカルコートが無ければ低温と低圧で意識を失っているかもしれない。旧世紀の古い時代にはろくな空調もなしにこのような高度で空戦を行っていたと聞くが、本当だろうか。


「一番機より各機、十二時の方向やや上! 敵爆撃機隊を迎撃するわ!」


「十二番機、了解!」


 ユリエ少尉の命令に応じてさらに高度を上げつつ隊列の隅へ。こちらと同じように三角形の編隊で突入してくる敵機は十、十二、いや……


「多い……!」


 三魔戦十二機に対して敵爆撃機が十三機。黒煙を噴いている機体があるところを見ると一魔戦とカデクル戦闘隊がある程度の数をとしてくれたのだろうが、それでも同数以上が残っている。


「みんな対爆撃機用の重武装に変更したわね? さあ行くわよ!」


「……武装を二〇ミリ魔銃に変更」


『武装を二〇ミリ魔銃に変更します』


 そうだった。普段交戦することの多い第九位階天使や戦闘機が相手ならば消費魔力の少ない七・七ミリ連装魔銃で弾をばらまくような戦い方をする私だが、機体が大きく装甲も厚い爆撃機が相手となればこちらも威力の大きい重武装に変更する必要があるのだ。これを忘れていたのは迂闊うかつと言う他ない。




 重々しい音を奏でるプロペラ、重厚感のある灰色、胴体の下に抱えているのは五〇〇キログラム級爆弾。

 シエナ共和国艦上爆撃機『ミィエ-Ⅲ』。生還率の低さから『空飛ぶ爆弾』と悪名あくみょう高いずんぐりとした機体が、群れを成して現れた。


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