最後の晩餐


 私が発見した敵小艦隊はその後、ヴィラ泊地はくち方面へ逃走。これを受けて明日にもアンシャン以下の敵主力艦隊と決戦が行われると予想された。旗艦ヒラヌマでは一七〇〇ヒトナナマルマル時現在、艦隊首脳部による作戦会議が行われている。




 偵察結果の報告を済ませ、ウェリエルを整備士さんに任せて、医学的検査メディカルチェックを終えた私はソロネの手を引いて食堂へ。


 少しその手が汗ばんでいるのは艦内の気温のせいではなく、しばらくこの子を探し回っていたからだ。部屋でおとなしく待っているように言ったのだが見当たらず、図書室に厨房に機関室にとひとしきり聞き回ってようやく甲板でカンナちゃんとボール遊びをしている姿を見つけた。

 この子は基本的に人見知りでおとなしいのだけれど、一度仲良くなった人にはよく懐く。私の言うことは良く聞くけれど遊びや食べ物の誘惑に負けることも多い、要するに精神的には見た目通り九歳から十歳くらいの女の子なのだ。




 今日の夕食は豚肉とキノコのバターソテー、ジャーマンポテト、トマトと茄子なすの冷製パスタ、昆布と玉葱のスープ。巨大な冷蔵庫を有する戦艦クラマの食事は、実はヨイザカ基地にいた時よりも良かったりする。長期の航海になるとまた事情が変わってくるのかもしれないけれど、今のところは食材にも余裕があるようだ。そして特にソロネを喜ばせたのが……


「おおー!」


「アイスだあ!」


 アイスクリーム、それも彼女が好きなバニラ味がステンレス皿の上できらきらと輝いている。手間を省くため基本的に食事はワンプレートで供されるので、このように別な器でデザートがついてくるのは珍しい。


「さいごのばんさん?」


「そういうこと言わないの。だいたいそんな言葉、誰から聞いたの?」


「コナちゃん」


 やっぱりあいつかと、私は頭の中で同僚のっぺたをつねった。博識なあの子はソロネに色々なことを教えてくれるのだけれど、どうも伝える知識が偏っている気がする。


「んふー♡」


 それにしても、アイスクリームを小さなお口に運んでは無邪気な笑顔を見せる妹はこの上なく可愛い。つい自分のアイスを分けてあげたくなるほどだ……と思っていたら、何人もの兵士さんが次々と目の前にアイスクリームの器を置いていった。


「俺達、甘いものは好きじゃないからさ。ソロネちゃんにあげてくれよ」


「でもそんな、申し訳ないです……」


「わあい! バニラアイス! どれから食べようかなあ」


「どれも同じ味だと思うよ?」


 兵士さん達はそのまま立ち去るのかと思えばそうではなく、ソロネが小さな手でアイスクリームを口に運ぶ様子をじっと見ている。本人もそれを気にした様子もなく「んぅん♡」とか「おふぅ♡」などと変な吐息を漏らしつつ羽をぱたぱたさせるので、小動物を眺めるような微笑ましい気分になってしまう。


 整備士さんなど航空戦隊に関わる兵士さんの中には見知った人もいるけれど、五〇〇名を超える戦艦クラマの乗員の顔はほとんど見覚えがない。でもこうして多くの人がソロネを見て話しかけてくれる、それがとても嬉しい。一度でも彼女を見たり話したりしてくれれば、この子が恐ろしい存在ではなくただの可愛らしい子供だということをわかってくれるだろう。彼女のために少しでもその輪が広がってくれればいい……


「むー。お姉ちゃん、頭いたい」


「アイスばっかり食べすぎだよ。もうごちそう様にしよう」


 こうして暴食の悪魔は結局八個目のアイスクリームを食べたところで限界を迎え、可愛らしい生き物の鑑賞会は散会となった。




 夕食を終えたその足で向かったのはコナ准尉の部屋。三回ほどノックをしても反応が無いので遠慮がちに扉を開けてみると、やっぱりまたVR仮想現実ゴーグルをつけて何やらゲームをしているようだった。軽く肩を叩いて夕食を持ってきた旨を告げると、なんとも適当な答えが返ってきた。


「てんきゅー。そこに置いて」


 呆れつつ夕食のプレートとアイスクリームを目の前のテーブルに置くと、コナちゃんは器用にもゴーグルを着けて片手でコントローラーを握ったままそれを食べ始めた。食べ物は見えてないはずなのにどうやってとか、どうしてデザートから先に食べ始めるのかとか不可思議なことはたくさんあるのだけれど、まずはソロネに対する教育上よろしくないことから注意する。


「ちょっとコナちゃん、ご飯食べる時くらいそれ取りなさい」


「いやあ、いいとこなんだよねー」


 さすがに少々頭にきたのでゴーグルを半ば無理矢理おでこにずらすと、廃ゲーマーはようやく現実の世界に帰って来た。


「おや、今日のご飯はアイスか」


「何だと思って食べてたの!」




 全長二二二メートル、幅三一メートルの戦艦クラマとはいえ艦内の居住空間は限られており、与えられた個室は決して広くない。大昔の単位で二じょう、約三・五平方メートルの中にベッドと私物と人間三人が詰め込まれれば身動きすらままならない。

 ところが乱雑に積み上げられたゲーム機を見てソロネが「やりたい!」と言い出し、仕方なく扉を開けたまま始めたのはコナちゃんおすすめの『スペースランカー』という古い地底探索アクションゲーム。とにかく主人公がよく死ぬゲームで、ちょっと操作をミスするとすぐゲームオーバーになってしまうのだそうだ。ちなみにソロネは最初の一機を開始五秒で失った。


「ぶー。お姉ちゃんやってみて」


「私もゲーム上手じゃないよ?」


 とにかく主人公がよく死ぬのでソロネが遊んでいるのを見てもどかしくはあったのだけれど、私がやってもやっぱり死ぬ。階段から落ちて死ぬ。天井にぶつかって死ぬ。段差に挟まって死ぬ。着地に失敗して死ぬ。いくら何でも虚弱体質すぎはしないかと思うくらいに死ぬ。それを見てケタケタと笑うコナちゃんにコントローラーを押し付けた。


「お、私の出番かな? 目ん玉かっぽじってよぉく見やがれ」


 こんなゲーム誰がやっても無理だろうと思っていたのだけれど、さすがはクソゲーマイスター。粗いドット絵に生命が宿ったかのような動きで鮮やかに宝物を獲り、敵を倒し、ロープを伝って深部へと進んでいく。そればかりかわざと面白い死に方を披露する余裕ぶりで、見ているソロネも大喜びだ。


「ひー! だめ―! やられるー!!」


「それがいけるんだなあ。でもこうすると死ぬんだなあ」


「きゃー! なんでえ!?」


 丸椅子に座った私の膝の上でいちいちソロネが悲鳴を上げつつ手足をばたつかせる。あまりにも狭くて入口の扉を開けてあるので通路に声がだだ洩れだ。


「賑やかだね。何してるの?」


「あ、うるさくしてごめん。コナちゃんとこでゲームやってるの」


 偶然部屋の外を通りかかったアコ准尉とミレイ准尉が中を覗き込んできた。二人ともカンナ少尉と同じように国内の航空基地から移ってきた魔女で、元気な子が多い三魔戦の中では比較的おとなしい。


 アコ・ヤイダ准尉。大きくて肉付きの良い体に二本おさげの優しげな子で、失礼にもソロネがその体に顔をうずめて「ぷにぷにだー!」と言っても怒らなかった。お花屋さんを営む実家から届けられた鉢植えを大切にしていて、このクラマの私室にもいくつか持ち込んでいるという。


 ミレイ・ユイノ准尉。アコちゃんとは対照的に小さくて細身の子で、隣にいないと聞こえないほど小さな声で話す。極度の笑い上戸じょうごで、コナちゃんが操作するゲームの中のキャラクターがおかしな死に方をするたびに呼吸ができなくなるほど笑っている。だから好きなギャグ漫画も人前では読まないそうだ。


 結局この夜は四人でコナちゃんが『スペースランカー』をクリアするところを見届けて、おかしな女子会はお開きとなった。




「さいごのばんさん、楽しかったね!」


「うん。ちゃんと歯を磨いてから寝ようね」


「はあい」


 とても良いお返事を聞いて満足した私は、すぐに表情を切り替えた。


 皇国のためなんて御大層ごたいそうな理由じゃない。可愛らしい妹と、大切な仲間と過ごす日常。これを守るためにも、私は今日のアイスクリームを最後の晩餐ばんさんにするつもりなんてない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る