第一章 フェリペ諸島海域奪還作戦

三魔戦誕生(一)

 聖歴一〇八年、夏。


 先日のヨイザカ沖邀撃ようげき戦にて私達は第三位階の巨大天使ゾギエルと交戦し、その本体と支配下の天使達に深刻な損害を与えた。その度合いがソロネと同程度と考えれば少なくとも半年は戦線に復帰することはないだろう、これを受けて皇国軍統合本部は新たな作戦を立案した。




すい』作戦。


 資源に乏しいマヤ皇国にとって南洋諸島から輸送される原油は生命線であるのだが、航路の制海権を激しく争うシエナ共和国が常にこれをおびやかしている。その中心となっているのが、フェリペ諸島海域に展開する航空母艦『アンシャン』以下の艦隊だ。彼らは艦艇ばかりでなく多数の天使と航空機によって一帯の支配権を確立しており、ゆえに我が国の輸送艦隊は南に大きく迂回する航路をとらねばならない。


 当該作戦はゾギエルの離脱によって余裕が生まれた本土の基地航空隊から魔女を抽出して新たに航空戦隊を編成、艦隊とともに出撃し敵航空母艦アンシャン及びその護衛艦隊を撃滅、制海権を奪取するというものだ。これが成功すれば南洋諸島との航路が確保され、輸送効率の向上が期待できる。


 作戦を遂行するの皇国軍第七艦隊、戦艦『ヒラヌマ』『クラマ』、巡洋艦三、駆逐艦八、それから……




「うわあー! すごいねえ」


「でっかいねえ」


 基準排水量約二五七〇〇トン、全長二五七・五メートル、乗員八六〇名、搭載機数七十二機、見上げる威容は新造航空母艦『カデクル』。作戦の機密を守るため一般人の立入は禁止されているが、基地内からは私とソロネだけでなく多くの人が見物に来ていた。


「ソロネ達もこれに乗るの?」


「ううん、あっちのふね


 妹に応えて私が指差したのはそれよりも一回り小さい、でも立派な艦橋と多数の主砲副砲を備えた軍艦。やや旧式だが速力に優れる戦艦『クラマ』だ。


 電波探知機レーダー感知装置センサーが発達した旧世紀の末頃は誘導兵器が中心になり、このような大火力・重装甲の戦艦は無用の長物と化していたのだが、それらを無効化する天使の出現によって再び建造されるようになった。その外見は黒々として古めかしいが、中身は最新の技術により自動化・省力化が実現されて少人数での運用が可能になっており、快適な居住空間が確保されているのだという。


 戦艦クラマは新たに編成された第三魔女航空戦隊、通称『三魔戦』の母艦となる。搭乗する魔女はヨイザカ海軍基地からユリエ少尉、コナ准尉、私の三名、国内各地から九名の合計十二名。同行する悪魔ソロネを含めれば十三名になる。


 戦力の増強に比べて艦隊の負担は非常に軽いはずだ。なにしろ僅かな居住空間とヘリポート程度の甲板があれば良い私達魔女は、空間が限られる艦艇と非常に相性が良い。これが同数の航空機であれば巨大な格納庫と長大な飛行甲板、大量の燃料と予備の部品、大勢の整備兵が必要になるだろう。




「ねえキミ! もしかして三魔戦の魔女?」


 いきなりそう話し掛けてきたのは私より少し年下に見える女の子。茶色の髪をポニーテールにまとめた小柄で活発そうな子で、機能的な飛行服と子供じみた声の落差がはなはだしい。


「はい。ミサキ・カナタ准尉です」


「ボクもそうだよ。ミツザワ航空基地所属、カンナ・イリエ少尉。聞いたことあるかな?」


 その名前を聞いて、私は目の前の女の子を上から下までながめ回してしまった。

 この子が? 百年余りに及ぶ天使との戦いにおいて歴代でも確か三十位以内、現役では十指に入るかもしれない八十四機撃墜の撃墜王エース


「ふふーん。知ってるみたいだね。ボクがいれば一魔戦なんて必要ないさ」


 不敵に笑うその視線の先を辿たどると、戦艦ヒラヌマから上陸したばかりの兵士に混じって魔女が数名。

 いずれも二十代に見える彼女たちが第一魔女航空戦隊、通称『一魔戦』。南洋諸島を始めとする激戦地を数年に渡り転戦して生き延びた精鋭揃いだと聞いている。


「ねえ、後ろのきみは悪魔だろ? よろしくね!」


 背中に隠れて相手を観察していたソロネだったが、私にうながされて半分だけ顔を出し、差し出されたカンナ少尉の手に軽く触れた。これでも人見知りの激しいソロネにしては随分と愛想が良い方だ、きっと彼女の屈託のない笑顔が警戒を緩めたのだろう。


 それにしても年下の撃墜王と精鋭の魔女達。ずいぶんと凄い人達と一緒なんだなあと、この時私は他人事のように感じていた。



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