ヴィラ島沖海戦(十一)

 一七五〇ヒトナナゴーマル時、状況終了。


 シエナ共和国艦隊は新鋭航空母艦アンシャンおよびほぼ全ての航空戦力を喪失、ホタン級巡洋艦一隻、およびヘイロン級駆逐艦四隻が沈没。戦死および行方不明者一七二〇名。


 マヤ皇国第七艦隊は巡洋艦ヨウテイ小破、駆逐艦ヨルカゼ中破。戦死および行方不明者一〇七名。ヴィラ島沖海戦はマヤ皇国軍の完勝と記されることになるだろう。

 でも、と私は唇を噛む。本来人類の敵であるはずの天使は三〇機程度が参戦したのみで、おまけに半数を取り逃がしている。結局は人間同士が大量の血を大平洋だいへいように流し、多くの命を奪い合っただけなのだ。




 勝利に湧く戦艦クラマ。誰からともなく口ずさみ始めたその歌は一人、また一人と伝わってゆき、隣を航行する航空母艦カデクルにまで広がっていった。




「君は忘るや 桜の花咲く 並木道 窓より見ゆるは いま幾度目の 桜ならむや」 




 確かこれは『我が母港』という軍歌だ。将来を誓い合った女性を故郷に残して海軍士官となった青年が、軍港の窓から桜を眺めて別れの場面を思い出すという内容だったと思う。

 一方的とも言える勝利の後にしては哀しい旋律と歌詞、それは異国の海に散った少なからぬ仲間への鎮魂歌なのかもしれない。私もコナちゃんも、黒猫のロクエモンを抱っこするソロネも暮れなずむ海を黙然と眺めていた。


 カデクル艦爆隊隊長クロウ少佐以下、九八艦上爆撃機五機、および一式戦闘機四機が未帰還。戦闘開始直前にユリエ少尉と軽口を交わした人がもういないという事実が皆を悄然しょうぜんとさせる。そして……




 一魔戦七番機サクラ・シノノメ少尉、三魔戦三番機アコ・ヤイダ准尉 未帰還。




 両名が被弾・着水するところを確認した者がおり、先程まで付近の捜索が行われていたのだが、現刻をもって打ち切られた。

 このヴィラ島沖海戦は全体を見ればほぼ一方的に皇国軍の優勢だったけれど、だからと言って犠牲が皆無というわけにはいかない。一魔戦は半年ぶりの、三魔戦は初の未帰還者を記録することになってしまった。




 アコ准尉。ほんの数日前にコナちゃんの部屋で少しだけお話することができた、大きな体を縮こまらせて穏やかに笑う、優しい声の女の子。実家がお花屋さんで、クラマの自室にもいくつか鉢植えのお花を持ち込んでいると言っていた。

 名前も知らなかったサギソウというお花がどんな色か教えてくれたのに。ソロネにも今度見せてくれると言っていたのに。


 でもこれは特別なことじゃない、これまでに同じ隊の仲間を失ったことは何度もある。朝食を一緒に摂った先輩が夕食の時にはもういなかったり、初陣を飾った直後の後輩が空に散った瞬間を見たこともある。

 三魔戦は発足したばかりの未熟な戦隊だ、これから何度も同じようなことがあるだろう。明日には私が、コナちゃんが、カンナちゃんが、大空に赤い華を咲かせて異国の海にちていくかもしれない。それが戦場というものだ。


 だからアコ准尉と仲の良かったミレイ准尉が隣で膝を折って泣き崩れても、あの日一生ぶんの涙を流してしまった私の目からは何も出てこない。薄情と言われるかもしれないけれど、きっと人はどんな環境にも慣れてしまうものなのだ。


「九時の方向、機影一。いや、二」


 つぶやくようなコナ准尉の声に皆が凍りつく。すわ敵機、まさかあのサリエルが戻ってきたのだろうか。勝利に油断した第七艦隊と刺し違えるつもりかと身を固くする。


 息を呑んでもう一度目を凝らす。ふらふらと絡み合うように頼りなく、だが確かに、今まさに沈まんとする夕陽を背に近づいてくる翼ある影が一つ。いや、二つの影が互いを支え合うように一つに重なっている。


「アコちゃんだ!」


 コナ准尉の言葉と同時に飛び出したミレイ准尉、続いてカンナ少尉、次々と甲板を蹴ってオレンジ色の空に舞い上がる魔女。


 これは重大な軍規違反、魔女が上官の命令もなしに発艦するなど場合によっては軍法会議ものだ。個人としてはあまりに強大な力を持つがゆえに、魔女の出撃はいかなる場合も必ず上官の許可を得なければならない。だから私は正規の手順にのっとり上官に願い出た。


「ユリエ少尉、艦長に発艦の許可を打診してください」


「ダメよ」


 だが三魔戦隊長は、つんとばかり目をそむけて胸の前で腕を組んだ。思ってもみなかったもない態度に動揺してしまった私は、遠ざかる仲間達とユリエ少尉を何度も交互に見やった。あの優しいお姉さんが、後輩思いの隊長がどうして。


「……あ、あの!」


 私の必死すぎる顔がよほど可笑おかしかったのか、ユリエ少尉は人差し指の背を唇に当てつつ苦笑いを浮かべた。


「言い直すわ。『本当はダメ』よ、マジメ子ちゃん」


「あ、ありがとうございます!」


 隊長にロクエモンを預けたソロネの手を握り、色を失いつつある空へ。いくつもの翼ある影が群れ集う紫色の海の上へ。




 今更ながらに胸が詰まり、口元がゆがんできた。あの優しいアコちゃんともう一度話すことができる、ソロネと一緒に部屋に遊びに行く約束を果たすことができる。


 私は嘘吐うそつきだ。人は悲しみに慣れたりはしない、いくら涙を流してもれ果てたりはしない。この時私は自分の体でそれを証明してしまった。




 ◆




 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。身に余るほどのハート、コメント等を頂きまして嬉しく思います。

 古語もどきであったり実在兵器の扱いであったり、勉強不足な部分が多々あるかと思いますので、気になるところがあればコメント等でご指摘くだされば幸いです。


 どうかこれからも魔女と悪魔の物語にお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。

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