イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(三)


 弱々しい陽光が黒々とした陸地の影を浮かび上がらせる。懐かしい故郷イナ州の大地、だがこの地で私を歓迎するのは両親でも妹でもなく、空をにらみつける細長い機銃の群れ。


 イナ州南岸地帯に並ぶ地上砲台群は対艦用の大口径砲とそれを守る機銃で構成されており、コンクリートで造られたドーム状の掩体えんたいに守られている。それは当然ながら魔女の魔銃弾など寄せ付けず、艦砲を直撃させて破壊するか地上部隊を送り込んで掃討するしかない。


 だから私達が無理に強襲する必要は無い。散開しつつ距離をとって艦砲射撃が始まるまで敵の目を引き付ければ良いと事前に言い含められている、のだけれど……


「見える……できる、私なら!」


 みぞれ混じりの空を裂いてひと羽ばたきに増速、螺旋らせん状に航跡を描いて肉迫しつつ引金を絞る。二つ並んだ銃口から放たれた七・七ミリ魔銃弾の赤い弾列が掩体えんたいに飛び込み、私に向けられていた機銃の銃身に弾けた。その余波が飛沫のように飛び散り拡散、鋼鉄製の機銃に大した損傷はなくともそれを操る人間は無事では済まないだろう。


 まだだ。まだ足りない。突出をとがめるユリエ少尉の声と損傷を告げる戦闘用AIの音声が聞こえたような気がしたが、私は意図的に耳からの情報を遮断した。


 回避運動を織り交ぜて急降下しつつさらに増速。対空砲火が集中するのも構わず突入して地上に降り立ち、自分の足で大地を蹴って掩体えんたいの正面開口部へ。薄暗い内部で驚愕の声を上げる数人のルルジア兵に連装魔銃の銃口を向けた。


「――――――――っ!!」


 私は何か意味のある言葉を発したわけではない、ただ反動に耐えるために食いしばった歯の間から音が漏れただけ。腰だめに構えた七・七ミリ連装魔銃を至近距離から乱射、人体に対して過剰すぎるそれは瞬く間に掩体えんたいの中の生者を肉塊に変え、飛び散る赤いものが物理障壁フィジカルコートに弾けた。


 うめけ、悔いろ、泣き叫べ、いやそれさえも許さない。お前達は天使の尻馬しりうまに乗り、わらい声を上げて民間人の血をこの大地に吸わせてきただろう。今こそ悪魔の裁きを受ける時だ。


『被弾確認。物理障壁フィジカルコート損傷率十七パーセント』


 隣の掩体えんたいからの着弾。私はそちらに向き直ると、損傷率の増大も構わずに応射した。敵の弾列が物理障壁フィジカルコートに弾けて七色の光を散らし、赤い魔銃弾と交差して寒空の下に非現実的な光の饗宴きょうえんを作り出す。

 だがそれも数秒間の出来事、掩体えんたいに駆け寄った私は沈黙した二基の機銃の下でうめくルルジア兵に向けて引金を引いた。


 損傷した物理障壁フィジカルコートを再展開、さらに次の掩体えんたいを制圧。

 これで四つめ。胸の奥でのたうち回る赤黒い何かが、海峡にただよう無念の思いが、私に復讐のための力を与えてくれたかのようだ。

 次だ、次は誰だ。息を殺して土竜もぐらのようにこもるつもりか、ならばその巣穴に銃口を突っ込んで……


「ミサキ! 戻りなさい、艦砲射撃が始まるわよ!」


 私はこの時、もしかすると舌打ちしたかもしれない。だが対空砲火にさらされつつも近距離通信が使える距離まで接近してくれたユリエ少尉の行動を無駄にすることは、さすがにできなかった。




 全機帰投を果たした三魔戦は艦砲轟く甲板を避けて格納庫へ。一時散会、全員兵装のまま自室待機を命じられたが、私だけが呼び止められた。


「ミサキちゃんらしくないわね、私の指示を忘れちゃったの? 無茶はダメよ」


 ユリエ少尉の言葉は子供を諭すようだった、だから私はらしくもなく口答えしたくなったのかもしれない。


「無茶なんてしていません」


「そう? ウェリエルは何て言ってるかしら?」


「え……?」


 航空眼鏡フライトゴーグルを着け直し、表示部ディスプレイを再確認。赤く点滅する数値といくつもの警告灯がユニットの異常を知らせている。


 魔力残量一〇パーセント、翼部損傷率六十八パーセント。物理障壁フィジカルコートに守られない翼部の損傷率は飛行不能を一〇〇パーセントとして七十五パーセントを超えれば思い通りの飛行が困難になるのだから、これは撃墜寸前と言って良い。もしかして私は無意識のうちに復讐に猛り狂っていたのだろうか。


「大切な人の仇を意識するなとは言わないわ。でも今あるものも大切にしてね」


 軽く肩を叩いて立ち去った隊長の向こうでは、黒猫のロクエモンを抱いたソロネが不安げな眼差まなざしをこちらに向けている。項垂うなだれた私は損傷をこうむったウェリエルの翼を隠すようにして、差し出された妹の手を戸惑いつつも握り返した。




 一二月一九日、午後。


 マヤ皇国第七・第八連合艦隊はスルガ海峡上空にて敵航空戦力を排除し、イナ州南岸地帯の砲台群を壊滅せしめた。これをもって『しょう作戦』の第一段階は成った。

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