イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(四)

 同日夕刻、『しょう作戦』は第二段階へと移行した。


 マヤ皇国第八艦隊は麾下の揚陸艦を順次接岸させ、続々と地上戦力を上陸させていく。暮れなずむ曇天どんてんの下で黒々とうごめくその数は戦車・歩兵戦闘車・支援車両合わせて五五〇台、兵員一二,〇〇〇名。ただし接岸に適した箇所は多くはなく、これほどの戦力を上陸させるには夜を徹しての作業になると思われた。




 緊急出撃スクランブル当番である私は航空黒衣フライトローブを脱ぐこともなく、待機室兼更衣室の椅子の上で膝を抱えていた。相方のコナ准尉は向かいの椅子で携帯ゲームをしているようだが、お互いに言葉を発することはない。ロクエモンが心配そうに手をぺろぺろと舐めているけれど、今はその黒い体を撫でてあげる気にもならない。


「ごめん、ウェリエル……」


 目の前の黒猫にしか聞こえないように小さくつぶやく。胸に渦巻く赤黒い衝動のままに突撃を敢行し、ウェリエルを損傷させたばかりかユリエ少尉まで危険に晒したのだ。自分の愚かさが身にみる、『魔女の森』の教官のように鉄拳制裁を食らうか営倉えいそう送りを命じられた方がまだ良かったかもしれない。


 ウェリエルは魔力回復と翼部の修復にかなりの時間を要するため、もし出撃となれば予備の汎用はんよう飛行ユニットを使用することになる。ただでさえウェリエルの性能に頼っていた私は、慣れない機体と普段の七割程度の魔力で戦うしかないのだ。軽挙のいましめと思って受け入れる他にない。


「……」


 膝を抱えたまま、一段と強く自分の身体を抱き締める。

 今日、私は感情のままに人をあやめた。亡くなった同胞のためではなく彼らのにして死を振りまいた。これでは天使と同じ、ただの人殺しだ。




 このまま何事もなく時が過ぎてくれれば。一八〇〇ヒトハチマルマル時になれば緊急出撃スクランブル当番を交代して自室で休むことができる。ソロネと一緒に夕食を摂って、気持ちを切り替えて……


 だがそんな都合の良い思いを嘲笑あざわらうかのように一七一五ヒトナナヒトゴー時、二人と一匹には広すぎる室内に警報が鳴り響いた。気をまぎらわすように椅子から飛び降りると同時に有線式艦内電話の呼出コールただちに応答すればユリエ少尉の声。


緊急出撃スクランブル発生。飛行甲板かんぱんへ急いでちょうだい、詳細はそこで説明するわ」


 相方と一瞬だけ視線を交わし、即座に部屋を飛び出して格納庫へ。航空母艦のそれと比べれば十分の一の体積しかない薄暗い庫内、立ち並ぶ幅の広い鉄製の扉が今の私には黒いひつぎに見えてしまう。

 私は『13』と大きく表示されている扉の中央、黒い認証部に手をかざした。小さな電子音が鳴り、扉がスライドすると中には漆黒の翼を両側に生やしたランドセル。久々に扱う汎用はんよう飛行ユニット【ゼロ式】、名前の由来は聖歴一〇〇年に運用を開始したためだ。


 十三番収納庫からゼロ式を取り出し背中へ、一緒に収納してあった七・七ミリ連装魔銃をユニット右側のフックへ、標準装備の魔剣サーベルの柄を確認する。


「ウェリエル、ちょっと行ってくるね。すぐ帰るから」


 隣の『12』と描かれた扉の中には深刻な損傷を負ったウェリエルが翼を休めている。彼女に声を掛けた私はコナ准尉とともにエレベーターに乗り込み飛行甲板へ。一段と冷たくなった風が頬を撫でる中、ユリエ少尉は既に航空黒衣フライトローブをはためかせて甲板に立っていた。


哨戒しょうかい飛行中の魔女から赤色信号弾。方位角三-三-〇、推定距離五〇,〇〇〇。すぐに出てちょうだい、私達も後から行くわ」


 簡潔な説明から即座に意味を理解する。哨戒しょうかいに当たっていたナナイケ基地航空隊の魔女が敵機と遭遇、救援を求めているというのだ。

 それはつまり敵艦隊が接近しているか、ザリュウガク城砦の基地航空隊が襲来したのか、あるいはその両方か。もしかすると昼間の戦闘でろくに交戦しなかった天使も合流しているかもしれない。


「了解でーす。十一番機コナ准尉 ゼロ式、行ってきまーす」


「十二番機ミサキ准尉 ゼロ式、発艦します」


 発艦テイクオフ、と戦闘用AIから出力される女性らしい音声はウェリエルと同じはずなのに、どこか違和感を覚えてしまうのは何故だろう。それに第九位階相当の推力は物足りなく、物理障壁フィジカルコートも頼りなく感じる。




 嫌な空だ。既に太陽は鉛色の水平線に沈み、天蓋てんがいは色を失いつつある。信号弾を発した魔女を発見、救出するにはあまりにも視界が悪すぎるのだ。


「ナナイケ基地航空隊の魔女、まさかね……」


 私は同期の魔女二人の顔を思い浮かべた。だが卒業以来二年以上も会っていない友人の顔は、少しぼやけて見えた。

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