イナ州南岸ニ橋頭保ヲ確保セヨ(二)

「第三魔女航空戦隊、順次発艦」


 チョウジ艦長より発せられたその命を受け、魔女達が次々と鉛色の空に吸い込まれていく。


 皇国第七艦隊は間もなくスルガ海峡に到達、射程距離に入りしだいイナ州南岸地帯の砲台群に対し艦砲射撃を浴びせる。私達はそれに先んじて出撃し、航空母艦カデクルの航空戦力およびナナイケ基地航空隊と共に敵航空隊を排除。しかる後、くだんの砲台群を強襲するのだ。


「十二番機ミサキ准尉 ウェリエル発艦します!」


 仲間達の黒い翼を追って羽ばたけば、乾いた風の中で白く軽いものがはかなく消えていく。

 厳寒の地として知られるイナ州において雪が降るのは茶飯事さはんじだが、この時期に南岸地帯でとなればそれは珍しい。ただそれは積もることもなく、翼に触れれば瞬時に溶けて水滴となる。氷雪吹き荒れる北岸地帯で幼少期を過ごした私にとってこれは雪と呼べない代物だ。


 戦艦クラマを発った三魔戦十二名は、高度五〇〇にて二個中隊二四名の魔女戦隊と合流。これは皇国東北部の拠点、ナナイケ基地航空隊の編隊だ。

 彼女らが成す大三角形の中には『魔女の森』で同期だった魔女が二人いる。エリカ准尉とアオイ准尉がそれだが、さすがにこの距離で識別できるものではない。


 この『しょう作戦』の前夜、私は二人と再会を祈るメッセージを送り合った。


 エリカちゃんは最近好きな人ができたそうで、彼に喜んでもらえるように料理を学んでいるところだそうだ。にらたまを焦がしてしまったとか、肉じゃがを煮込みすぎて芋が消えてしまったとか、それでも彼は笑って食べてくれたとか、なんだかこちらが恥ずかしくなってしまうような内容だった。


 アオイちゃんは学生時代から積極的アクティブな子で、休みの日には一人でキャンプしているとか、バイクを買ったのはいいけどさっそく転んで修理代が大変だとか、相変わらず一人の時間を満喫しているようだ。


 旧世紀には世界中どこにいても掌サイズの端末からメッセージを送り合えたそうだが、電波通信がまともに機能しない現在でそれは望めない。国内を網羅する地下ケーブルに有線接続された端末を使用して、限られた場所でメッセージを送受信するのが精々せいぜいだ。つまりこうして洋上に出てしまえば彼女らと連絡を取り合うすべはない。




 既に四〇〇〇メートルの高空域では敵味方の機影が重なり合い、律動的リズミカルな機銃音が連なっている。ナナイケ基地航空隊の四式戦闘機とカデクル戦闘隊の一式艦上戦闘機が接敵を果たしたようだ。


 私達はこのまま接敵がなければ地上の砲台群を強襲することになる、でも敵はおそらくそれを許してはくれないだろう。どこかで私達の接近を待っているのではないだろうか、そう考えて目を凝らす私の視界の隅で微かに白いものが動いた。鉛色の空と灰色の海の境目、白波に紛れるように接近する複数の機影。


「三魔戦十二番機より全機、敵機発見! 九時の方向海面付近!」


 やはり敵は警戒を緩めてなどいなかった。彼らは私達の接近を知って即座に迎撃に上がったのだ、発見が遅れれば対空機銃と天使から十字砲火を浴びていたかもしれない。


「ナナイケ基地航空隊一番機より各機、九時方向下方の敵を邀撃ようげきする。三魔戦は上空にて待機されたし」


「三魔戦一番機了解。三魔戦一番機より各機、戦闘空域上方から周辺空域を警戒せよ」


 海面付近にぽつりぽつりと現れたのは十機ばかりの機影、だがそれは数も少なければ戦意もとぼしいように見えた。本気で私達を妨害するつもりならもっと高速で接近し、光弾を乱射しつつ突入してくることだろう。

 思った通り。ナナイケ基地航空隊の魔女達は天使の群れと接敵したものの、彼らは空に数条の射線を描いたのみで早々に退却していった。


 実はこれは珍しいことではない。天使は劣勢と見ればすぐに撤退する、これは彼らに二つの特性があるからだと考えられている。


 一つ、人間の軍隊ほどはっきりした指揮系統が存在しない。彼らは個々の能力で人間を圧倒しているが、天使同士が連携することはあってもそれは小集団に限られる。おそらく敵前逃亡しても罰則ペナルティ等は無いのだろうと思われる。


 二つ、支配下に置いている人間や施設等を重要視していない。人間と共同作戦を行ったり捨て駒にすることはあっても信頼して連携をとることはなく、重要な軍事施設や強力な装備であってもそれは変わらない。ヴィラ島沖海戦においてあっさりと航空母艦アンシャンを見捨てて退却したのもそういった理由からだろう。




 ともかく彼らは早々に姿を消し、敵影が無くなった水平線にはイナ州南岸に立ち並ぶ砲台群があらわになった。


「三魔戦一番機より各機。攻撃目標を地上砲台群に変更、散開しつつ目標に接近せよ」


 ユリエ少尉の声はつとめて冷静だったというのに、私の胸の奥では何か赤黒いものが鎌首かまくびをもたげつつあった。


 しばし目を閉じ、奥歯を噛み締める。父を、母を、妹を、多くの民間人を、この冷たい海峡に沈めたルルジア連邦の将兵がこの先にいる。彼らをことごとく地獄の釜の中に蹴り落とす力が、今の私にはある。



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