敵ノ防衛線ヲ突破セヨ(三)

 威圧的なローター音で己の存在を誇示しつつ水色の空に浮かび上がるは、土色に白斑の爬虫類。そうとしか思えないシルエットの航空兵器はNil-24攻撃ヘリコプター、通称【ワニさんクラカヂール】。


 ルルジア連邦で長年運用されている機体であり、本来は敵陣深くまで侵入し、機銃掃射の後に着陸して八名から十名の歩兵を展開させるという用途に使用される。

 それゆえ装甲車並みの耐弾性能を誇り、機体右側の三〇ミリ機関砲で対地攻撃を、機体下部の可動式一二・七ミリ機銃で対空・対地攻撃を行うことができる、『空飛ぶ装甲車』とも言うべき代物だ。


 その【ワニさんクラカヂール】と魔女が相対あいたいした場合、その相性は……魔女こちら側の圧倒的有利。そもそも兵員輸送および対地攻撃を主目的とした攻撃ヘリと、対空戦闘を主目的とした魔女では開発の想定コンセプトが違うのだ。




 思うままに地上の餌をむさぼっていた大空の爬虫類は天敵の出現に肝をつぶしたか、機銃弾をばら撒くようにしてこちらを牽制しつつ、回れ右をするように逃走に移った。固定翼機には及ばないものの最高速度は時速三二〇キロメートル、ゼロ式汎用ユニットを上回るほどだ。もたもたしていると敵の防空圏内に逃げ込まれてしまう。


「推力全開、推進機スラスター解放!」


推進器スラスターを開放します』


 だが第八位階に達したウェリエルは推力が違う、加速が違う。さらに推進機スラスターを併用すればその速度は一時的に時速五〇〇キロメートルを上回るほどで、一分と経たぬうちに私は空飛ぶ爬虫類を射程に収めた。

 視界中央の照準に敵機を捉えての一連射、しかしそれは予想外の機動に虚空を貫いた。こちらの射線を読み切ったかのように急上昇しつつ即座に応射を加えてきたのだ。


『至近弾擦過さっか物理障壁フィジカルコート損傷率三パーセント』


「うっ……この相手……」


 空戦に限らず兵器の相性や性能差というものは勝敗を決定づける大きな要素ではあるものの、絶対的なものではない。状況や練度次第では歩兵戦闘車が戦車を撃破したり、爆撃機が戦闘機を撃墜する場合もあるのだ。そしてこの敵は……


 後方斜め上、機関砲も可動式機銃も届かない死角。絶対的に有利な位置からの射撃、これもかわされたばかりか限界まで機体を傾けて無理やり私を射角に入れるという離れ技を見せ、こちらに回避運動をいてきた。


「こいつ、撃墜王エースだ……!」


 敵機五機撃墜の勇士に与えられる称号としての撃墜王エースではない、極めて高い練度を有するという意味でのそれだ。兵器としての相性が悪いにもかかわらず善戦するこの敵機を逃してしまえば、味方にどれほどの被害が出るかわからない。何としてもここでとしておかなければならない相手と見て取った。


 既に敵機は敵陣上空に達し、低空をうように不規則な回避運動をとっている。私は敵の対空機銃や天使が現れる前に勝負を決するべく増速、ワニさんクラカヂールの真横に回り込んだ。機体下部の機銃がこちらを向き弾列を吐き出すが、多少の被弾に構わず螺旋らせん状の軌跡を描きつつ急速に距離を詰める。


 これを受けて機体を限界まで傾け魔女から逃れようとしたワニさんクラカヂールだが、さすがに鈍重な体で無理な機動をした以上、次は姿勢を立て直すしかない。私はその行動を完全に読み切り、敵機の直上に達した。


「これならどうだ!」


 七・七ミリ連装魔銃を真下に向けての連射。航空機にとって絶対の死角、人間でいう頭頂部に赤い魔銃弾と金色の火花が弾け、三枚のローターが全て吹き飛んだ。もはや空を飛ぶことができなくなったワニさんクラカヂールは力尽きたように急激に高度を下げ、横倒しに地面に接触。巨大な火球を伴って爆発炎上した。




「よし! 次は……」


 味方陸上部隊にとって脅威となる攻撃ヘリを待ち伏せして撃破、与えられた任務は遂行した。

 だがまだウェリエルの魔力残量には余裕があり、私自身も十分に継戦可能な状態だ。ワニさんクラカヂールがそうしたように、今度は私が敵の上空から掃射を浴びせるべく塹壕ざんごうに銃口を向け……そして思いとどまった。


 子供か、と最初は思った。武器を手放して両手を上げるルルジア兵はそれほど小さく見えたから。


「ウェリエル、照準内の兵士の画像を拡大して」


『画像を拡大します』


 顔つきや表情がわかるまでに拡大されたその画像を見て、私は愕然とした。黄色味を帯びた肌、彫りの浅い顔立ち、小柄な成人男性だ。色白で大柄なことで知られるルルジア人とは似ても似つかないその姿は……


「まさか……」


 実際にこうして見るまで信じられなかったのだけれど、強権国家であるルルジア連邦は占領した地域の人々を兵士や労働力として利用すると聞いている。もしかしてこの兵士は、イナ州失陥の際に逃げ遅れた皇国人なのではないだろうか。

 事実は異なるかもしれない、見た目が皇国人に似ていただけかもしれない。だが私はとても彼に銃口を向ける気にはなれず、唇を噛みつつ翼をひるがえした。




 この日を皮切りに、ルルジア軍が攻撃ヘリの運用を控えるようになるまでの三日間で、第三魔女航空戦隊は【ワニさんクラカヂール】五機を撃墜。これに気を良くした陸上軍司令官ガイ・テラダ中将は、三魔戦を本格的に地上戦に投入することを決定した。


 これにより戦局は好転、皇国軍は戦線を断続的に押し上げることになる。

 目標とするザリュウガク城塞まであと一〇〇キロメートル余り。だがその代償が明らかになるまで、さほどの時間を必要としなかった。

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