ヴィラ島沖海戦(十三)
穏やかな秋風を受けてどこか緩い空気が漂う戦艦クラマ、『男子禁制』のプレートが掲げられた更衣室兼待機室。
ヴィラ泊地を発って五日目の午後。この日私は
だが
二人でテレビジョンの前にある客椅子に腰掛け、退屈だからとやって来たソロネは『悪魔をダメにするクッション』という商品名の巨大クッションを抱えてロクエモンと一緒に寝転がっている。
テレビジョンの画面には先程から、この世界に天使が現れてから現在に至るまでのドキュメンタリー映像が流れている。
コナちゃんはそんなのつまんない、『恐怖! 人食いコバンザメ』という映画を見ようぜと言い張っていたのだが、仇敵サリエルとの
旧世紀の末、人類は
後に『終末の日』と称されるあの日。天空の彼方より飛来した『天使』という存在によって、我々は絶対的支配者の座から蹴落とされたのだ。
それはまさに降って湧いた災厄と言うしかないもので、突然現れた侵略者の襲来に混乱をきたした人類は組織的な抵抗を行うことができず、一〇〇億に届こうとしていた人口は最初の一ヵ月で三分の一が失われたという。
政治は混乱し、経済は破壊され、秩序は乱れた。天使がいない場所でも人々は奪い合い殺し合い、追い詰められた人類には三つの選択肢が示された。
一、天使に迎合し、その支配を受け入れる。
二、独自の軍事力により一定の勢力圏を確保する。
三、悪魔と呼ばれる者と共闘し天使に対抗する。
一つめの選択肢を採った国は多かった。一神教でいう天使とは神の使いであり、その支配を受け入れることにさほど抵抗がなかったのだ。
彼らは天使による生殺与奪をも受け入れることを表明し、一定数の
二つめの選択肢は文化的・経済的な水準が高く、自国で高性能の武器弾薬を製造し、質の高い軍隊を所有していた勢力のみ採ることができた。彼らは食料の生産や天然資源の産出が続く限り天使に
三つめの選択肢を採った勢力は極めて少なく、人間に対して好意的な悪魔が存在した上に彼らを受け入れた国々に限られる。バーラト共和国南部、タンヤン国、マヤ皇国などがこれに当たる。
我が国は大陸から外れた列島という地理的要素のためか、襲来した天使の数は比較的少なかったとされる。だがその数は三〇〇〇余、皇国軍は激しく抵抗したものの敗北を重ね、他国と同様に存亡の危機にあった。
皇国軍は帝都に残存戦力をかき集めて最後の戦いを挑もうとした、その時どこからか現れたのが悪魔という存在だった。彼らは戸惑う人間を尻目に天使に挑み、多くの犠牲を払いつつも皇国の空から翼ある侵略者を追い払ったのだ。
この勝利に国民は歓喜した。天使=善、悪魔=悪という印象は覆され、共に歩むべしという世論が生まれた。
悪魔との共闘が始まり、天使に対抗する兵器の開発と同時に進められたのが、悪魔の亡骸を軍事利用する手段の開発だ。極めて非人道的であり死者を
そして生み出されたのが『魔女』という存在だ。悪魔の翼を背に、人類の叡智である銃を手にした彼女らは天使に抗しうる力を有し、皇国の希望となった。
彼女らの体の一部である飛行ユニットおよび武装ユニットは日々改良が重ねられ、『魔女の森』と呼ばれる養成機関が誕生し、高度な戦闘訓練を積んだ魔女達は今日も皇国の空を守っている――――
「コナちゃん、どう思う?」
「主語」
冷静に指摘された私は照れ笑いしつつ頭を掻いた。自分の考えに沈むあまり主語が抜けていたのだ。
「天使って何なのかな」
「人間絶対ぶっ殺すマン」
彼女の解答は正しいのだろうけど、端的すぎて会話の広がりようがない。もっとこう思考の助けになるような言葉はないものだろうか。
「そうなんだけどさ、意思疎通ができる相手もいるみたいなんだよね」
「じゃあ、意思疎通ができる人間絶対ぶっ殺すマン」
「もう……」
私は少々呆れたが無理もない。あまり人には言わないけれど、コナちゃんも私と同じように家族を全て失っているのだ。無表情に、淡々と、ただ人間を『処理』する天使によって。
映像が終わり、小さな寝息が耳に届いて振り返る。ソロネにとっては退屈だったのか、いつしかロクエモンを抱っこしたまま眠ってしまっていた。
可愛いなあ、と感じた自分を少し不思議に思う。ソロネを可愛いと感じるのは、きっと意思疎通ができて、害意がなく、好意に対して素直に好意が返ってくるからだ。
なぜだろう――――こんなに簡単なことなのに、なぜ天使とはそれができないのだろうか。
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