ヴィラ島沖海戦(七)

 一式艦上戦闘機。マヤ皇国の技術力の粋を尽くして開発されたそれは耐弾性能を犠牲にしてまで軽量化され、軽快な運動性能と長大な航続距離を実現した傑作機とされる一方、紙飛行機のごとき脆弱ぜいじゃくな機体と無装甲という大きな弱点を抱える非常に極端な性能となっている。


 ジャン-Ⅱ艦上戦闘機。シエナ共和国で最も多く配備されているそれは高速・高火力を追及するという発想コンセプトで作られており、最高速度と装甲および火力、装弾数で一式戦闘機を上回っている。ただしそれは機体重量の増加を意味しており、旋回・上昇性能では大きく劣る。


 性能的には一長一短と言えるこの両者が相対した場合、だが結果は一方的なものになる。


 決定的に違うのは操縦士の練度。恒常的に天使との空戦をいられる皇国軍の練度は非常に高く、追従性に優れた一式戦闘機の特徴と相俟あいまって奇跡的な戦果を挙げてきたのだ。


 この日も白灰色のジャン-Ⅱは深緑色の蜻蛉とんぼのごとく軽快に空を駆け回る一式戦を照準に捉えることすらできず、空を埋め尽くさんばかりの機銃弾が飛び交うも、黒煙を噴いてフェリペの海に落ちていくのは決まって白灰色の機体だった。


 だがそれでも数的優位を活かし、こちらの爆撃機を妨害するべく接近する機影あり。その数五機。


「三魔戦隊長機より各機。十一時方向下方より接近中の敵戦闘機隊を迎撃する!」


 先程までとは全く異なる、ユリエ少尉の厳しい声。『みんなのお姉さん』が『飢えた狼』に変貌したのだと理解した私は、十二番機了解と口の中だけで返答した。




「このくらい、私にだって!」


 断続的に放たれた機銃弾の射線を上方に回避。十二名の魔女は大きく散開して敵戦闘機をやり過ごした。


 戦闘機との交戦には一応の標準対策マニュアルがある。一般的に私達よりも速度に優れる戦闘機は一撃離脱ヒットアンドアウェイが基本であり、それに対して魔女こちらは初撃を縦方向に回避、やりすごした後に上下または後方から射撃を浴びせるというものだ。


 だが言うほど簡単なものでもない。主翼に引っ掛けられてしまえば物理障壁フィジカルコートがあってもまず助からないし、プロペラに巻き込まれれば一瞬で挽肉ミンチになってしまう。相対速度時速六〇〇キロメートルで突っ込んで来る鉄の塊を回避して反転、即座に射撃せよとは無理を言ってくれる。


 だが世の中には、それをいとも簡単にこなしてしまう者がいる。


「遅い遅い! ハエが止まっちゃうよ!」


 カンナ少尉は漆黒の翼をはためかせて軽やかにそれを回避、宙返りフリップの最中に頭を下にしたまま一連射。狙い違わずエンジンを撃ち抜いた。

 がくんという音とともに速力を低下させる白灰色ホワイトグレーの機体。口だけじゃない、この子は本物の天才だ。ウェリエルのような特殊ユニットを所持していればどれほどの位階に進んでいたことか。


「ええい!」


 ようやく回避運動を終えた私も引金トリガーを引くが、主翼にいくつかの穴を開けただけで有効打になっていない。豆鉄砲と揶揄やゆされる七・七ミリ魔銃では機体そのものを破壊するには威力が不足しているため、操縦士パイロットや燃料タンク、エンジンといった航空機の急所を狙わなければなかなか撃墜には至らないのだ。やはり武装を見直すべきだったかと今さら後悔する。


「カンナちゃん、深追いはダメよ」


「ちぇ、せっかく撃墜数スコア稼げるとこだったのに」


 ユリエ少尉の声に下方を見れば、先程のジャン-Ⅱは速力と高度を下げつつ旋回し離脱しつつある。おそらく追撃がなければ母艦に帰投できるだろう、これでは撃墜とは認められない。


 それよりも私達の任務は味方爆撃機の直掩ちょくえんだ。舌打ちしつつカンナ機が編隊に戻った頃には敵機の姿はなく、下方で戦闘機同士の格闘戦が繰り広げられているのみ。このまま敵艦隊上空まで爆撃機隊を送り届けることができれば……


「一…………り……魔戦、……ロネ、だい…………中」


 その時、航空眼鏡フライトゴーグルからの雑音の中にソロネという名前が混じったような気がした。だが存在するだけで電波を妨害してしまう天使が飛び交う戦場だ、気のせいだろう。そう思ったのだけれど。


「一魔戦より三魔戦、悪魔ソロネが第五位階天使サリエルと交戦中!」


 三魔戦で最も感覚が鋭いコナ准尉が通信を聞き取り、そのまま言い直した内容を理解するまでに数秒の時間が必要だった。クラマに置いてきたはずのソロネがどうして戦場にいるのか? しかもあのサリエルと交戦中だなんて。

 私はこの時ようやく自分の迂闊うかつさに気づいた。サツキ少佐に助けられて帰投した時の会話を聞かれていたのだろうか、ウェリエルの仇が来ていることを知られてしまったのかもしれない――――


「ミサキ、ソロネを止めて! カンナはミサキを援護!」


「はい!」


「りょーかい!」


 条件反射で応答しつつ、ユリエ隊長の指示を頭の中で反芻はんすう。仮にもソロネは第三位階、あのサリエルが相手でも簡単にやられはしないだろう。でも今はまだ巨大天使ゾギエルとの死闘の傷が癒えず、本来の力を取り戻していない。

 それでなくても彼女の力は皇国にとって切り札のようなもので、こんなところで使って良いものではない。力を取り戻したゾギエルが再び本国を襲ったとき、ソロネが万全の状態でなければ対抗のしようがないのだ。


「ボクに任せておきなって。第五位階だろうが何だろうが、ぶっとばしてやるさ!」


「うん……」


 翼を畳んで急降下、編隊を離れた私に若き撃墜王エースがぴったりと寄り添った。



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