皇国魔女航空戦隊(三)

 再び開始された戦闘は、先ほどまでとは比較にならないほど酸鼻なものになった。


 第三位階悪魔ソロネが極低温の吐息ブレスを吐けば、十機ばかりの天使が生きたまま氷像となって落下する。その巨体がまとう雷光は触れただけで生命活動を停止させ、長大な尻尾を振るえばその軌道上に在った者はただの肉塊と化す。人間に対して絶対的な優位者であるはずの第六位階【能天使パワー】でさえ、為すすべもなく空の藻屑もくずとなるばかり。


 とても相手にならぬと見た天使達は同格以下の敵、つまり私達を相手と見定めた。白と黒の巨大生物が雷光をまとい威嚇の咆哮を上げる中、小さき翼あるもの同士が光弾と鉛玉で空を埋め尽くす。さながら終末戦争ハルマゲドンを描いた絵画のような光景の中に、私達はいた。




 もはや乱戦などという言葉では追いつかない。一式戦闘機の主翼を天使の白き剣が斬り裂き、その頭部を魔銃弾が消し飛ばす。飛行ユニットに深刻な損傷を受けた魔女が意識を手放せないまま紺碧こんぺきの海へとちていく。


 その凄惨な絵画の中を、私は螺旋らせん状の軌道を描いて縫い上げた。どの方向を向いても敵か味方か、そのどちらかだったものが視界を埋め尽くす。

 その時、にわかに起こった轟音と衝撃波がそれら全てを押し流した。いよいよ終末の生物同士がその巨体をぶつけ合い、さらなる地獄を顕現させたのだ。




 第三位階天使、個体名ゾギエル。女性のような頭部の口から放たれる衝撃波は物質表面を崩壊させ、翼から生み出された無数の光弾は神敵を滅する。だが無差別に撒き散らされるそれは神敵ばかりか神の使いまでも貫き、まるで自分以外の全ての生物をことごとく滅ぼすかのようだ。


 第三位階悪魔、個体名ソロネ。捻じ曲がった二本の角から雷撃を放ち、裂けた口から覗く牙で巨大な敵に食らいつき、猛獣のごとき爪を突き立て表皮を引き裂く。

 圧倒的な力に見えるけれど――――この地上でソロネが真の姿でいられるのはたった一八〇秒、それが過ぎれば無力な少女の姿に戻ってしまう。

 もしかすると人々の目には醜く、禍々まがまがしく映るかもしれない。でもまぎれもなく彼女は皇国の守護者であり、そして私の妹なんだ!


「ソロネ、頑張って! お姉ちゃんはここだよ!」


 背後から追尾しつつ光弾を乱射してくる天使に向けて半身を捻り七・七ミリ連装魔銃を連射、翼の根元を撃ち抜いてその飛翔能力を減衰させる。


「武装を二〇ミリ魔銃に変更!」


『武装を二〇ミリ魔銃に変更します』


 新たに追いすがる天使を引き付けて急旋回しつつ推進機スラスターを全開放、巨大天使ゾギエルの顔面に沿って急上昇。母艦に激突した天使には目もくれず、ヘリポートのHマークよりも大きな目玉に銃口を向けて腰だめに構え、引き金を絞る。


「これでも、喰らえ――――!!」


 数発まともに喰らえば第七位階【権天使プリンシパリティ】さえ吹き飛ぶ二〇ミリ魔銃弾、反動をこらえて一斉射。夜空に開く三尺玉のように巨大な赤い花が咲き、弾け飛ぶ血と粘膜を全身に浴びた。


 苦悶の表情を浮かべ、血の涙を流しつつ絶叫を上げるゾギエル。好機と見てその喉元に食らいついたソロネの全身に雨あられと光弾が浴びせられ、黒い体毛と肉が弾けておびただしい血液が大海に降り注ぐ。悪魔を滅するか天使の喉笛を喰いちぎるか、もはや互いに無事では済むまいと見えた時、不意に悪魔の姿が掻き消えた。


 生命力が尽きたのではない、尽きたのは時間の方だ。瀕死の巨大天使がゆっくりと雲の中に姿を消していく不気味な静寂の中、小さな影が重力に引かれて落ちていくのが私には見えた。


「ソロネ!」


『警告。魔力残量七パーセント。省力モードに移行しますか?』


「だめ! 推力全開!」


 推進力、姿勢制御、攻撃、その全てを本体から供給される魔力でまかなっている飛行ユニットは、それが尽きてしまえば機能を停止する。そうなれば私はただの人間、七〇〇メートル下の海面に叩きつけられるしかないのだけれど、でも。


 暗灰色の翼を一杯に広げ、残された僅かな魔力を推進力に変えて滑空。彼我の相対速度をできる限り近づけ、一杯に伸ばした両手の中にその小さな体を受け止めた。

 お気に入りの黒いワンピースはずたずたに切り裂かれ、全身から血をしたたらせ、力なく四肢を垂らし、でも彼女は生きていた。それが精一杯とばかりに薄目を開ける。


「お姉ちゃん……ソロネ、がんばったよ」


「うん、うん。頑張ったね、ソロネのおかげでみんな無事だよ」


「ほんと? よかった……」


 私は嘘をいている。天使の光弾を浴び、衝撃波に吹き飛ばされ、あるいは敵と激突して海面に落ちていった仲間を何人も見ていたから。でも今だけは許してほしい、この子に一時ひとときの安らぎを与えてほしい。


「ほんとだよ。もう大丈夫、おやすみしていいよ」


「おやすみなさい……」




 夏空に架かった七色の光のアーチ。その向こうに天使の群れが遠ざかる中、皇国の守護悪魔ソロネは私の腕の中で目を閉じた。


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