皇国魔女航空戦隊(二)


 魔銃弾を乱射しつつ敵中を突き抜け、再びダイヤモンド型に陣形を再編した私達だったが、三機の――――慣例として私達は彼らを『一機、二機』と数える――――天使が追尾してきた。


 こうなると始まるのは格闘戦。ただし私達のそれは旧世紀の戦闘機同士が後背を奪い合う、いわゆるドッグファイトではない。


「武装を魔剣サーベルに変更!」


『武装を魔剣サーベルに変更します』


 戦闘用AIに命じて七・七ミリ連装魔銃を武装ユニットに格納、代わりに取り出したのは両手に握れるほどの棒状の金属。安全装置を解除して手元の突起を握り込むとその先端から赤い光が伸び、長さ二メートルほどもある刃を形成した。

 敵味方入り乱れて文字通りの格闘戦。私は禍々まがまがしい光の刃を両手に向き直り、同じように天使が生成した白い光の剣を受け止めた。弾けるような衝撃音とともに、爽やかな夏の空に似つかわしくない白と赤の火花が散った。




「あはははは! 向かってくるなんていい度胸じゃない! ご褒美をあげる!」


 笑顔で七・七ミリ連装魔銃を乱射するのはユリエ少尉。『飢えた狼』の異名そのままに天使を迎え撃ち、多少の無駄射ちも被弾も構わず損傷を負わせていく。常々「られる前にりなさい」と私達に教えている通り、真正面から放たれる光弾を物理障壁フィジカルコートで受け止め、腰だめに構えた魔銃を連射、連射、また連射。全身を穴だらけにされた天使が堕ちていくのを満足そうに見守った。




「やっぱ来る? 来るよねー。あんまりたくないんだけどなー」


 対照的に一発の無駄弾もないのはコナ准尉。だるげに回避運動をとったかと思うと、その合間に一連射。さらに回避の合間に一連射。その全てが天使の体のどこかに着弾し、確実に戦闘力を奪っていく。次第に動きの鈍った敵は攻撃も回避もままならず、頭部に一連射を受けて活動を停止。それを見送る彼女の顔には、流行りの一人称視点FPSゲームで敵を倒した時のように何の表情も浮かんでいなかった。




「ええい、私だって!」


 私はといえば、先程の天使と光の剣をひたすらに打ち交わしていた。経験が浅いわけじゃない、武装の出力だってこちらがまさっている。それでもやはり目の前で致命的な武器を振り回される恐怖のために踏み込めない。それに純白の肌に金色の髪、見惚みとれるほど美しい敵が憤怒の表情で絶叫する、それだけでも身がすくむほど恐ろしい。


 それでも何度か魔剣サーベルを叩きつけ、純白の羽根をずたずたに斬り裂いた。このままいけば勝てる……そう思った瞬間、天使の口の中が白く輝いた。至近距離から放たれる光の束、硝子ガラスのように砕け散る七色の障壁、人間には理解不能な咆哮を上げて肉迫する天使。


『被弾確認。物理障壁フィジカルコートが消失しました』


「しまった!」


 にわかに突風が全身を叩き、ショートボブに切り揃えたばかりの黒髪が逆立つ。物理障壁フィジカルコートが無ければ自身の速度による風圧で身動きが取れない、敵の攻撃を防ぐすべも無い。鋼さえ易々やすやすと両断するあの光の剣をまともに受けてしまえば私など挽肉ミンチより酷いことになってしまう。


推進機スラスター全開! 緊急回避!」


 戦闘用AIに命じた瞬間、強烈な負荷とともに体が跳ね上がった。飛行ユニット内には少量の噴射剤を格納してあり、緊急時の推力として使用できるのだ。

 朝食のときに飲んだ牛乳がせり上がってきて意識が遠ざかるが、どうやら致命的な一撃を避けることには成功した。しかし視界がぐるぐると回り、自分がどちらを向いているのか、視界を埋め尽くす青が空なのか海なのかわからない。

 そこに再び光の剣をかざして肉迫する憤怒の天使。応戦しようにもいつの間にか魔剣サーベルを手放してしまったようだ、もう一度緊急回避をすれば意識を失い海の藻屑だ。どうする、どうしよう!? どうしようもない!


 その時、視界の右斜め上から左下に向けて何かがはしったかと思うと、夏空に血の花を咲かせて天使の頭部が消滅。射線をたどった先でコナ准尉が親指を立てていた。


「ありがと、コナちゃん」


「おー。一つ貸しとくよ」




 周囲を見渡せば戦況は落ち着きつつあり、もはや味方の輸送艦に取りつく敵はいない。どうやら航空優勢を確保したと見て良いだろう。


『攻撃対象の消失を確認。物理障壁フィジカルコートを展開しますか?』


「うん。お願い」


 戦闘用AIの提案に応じると、再び体を覆うように虹色の障壁が展開された。魔力残量のゲージが一気に二割も減ってしまったがこれは仕方ない。どこかから流れ弾が飛んでこないとも限らないし、それに状況はまだ終了していない。

 最下級の第九位階天使の航続距離は最大で八〇〇キロメートル程度、交戦と帰還を考えれば行動半径は三〇〇キロメートル程度。その範囲内に敵勢力の陸地は存在しない。つまり何者かが彼らをここまで運んできたということで――――




 頭上に突如として影が差した。雲間から姿を現したそれは……


『敵勢力を確認。第三位階【座天使スローン】、個体名【ゾギエル】と推定』


 第三位階天使【ゾギエル】。空飛ぶ航空母艦とも言えるそれは全長五百メートルか、もっとか。旧世紀における最大級のビルディングがこのような大きさであったそうだが、天使の出現から百年余りが経った今ではその多くが朽ち果て、無惨な躯を晒している。


 これまで私達が交戦してきた第九位階【天使エンジェル】とは一線も二線も画す存在、しかもそれは生物とは思えない姿をしていた。何しろ巨大極まりない女性の頭部と乳房と白い翼だけがを形成する全ての要素なのだから。


 は何らの表情も浮かべないまま口を開け、小さな何かを無数に吐き出した。羽虫のように見えたその正体を戦闘用AIが識別。


『敵勢力多数を確認。第七位階【権天使プリンシパリティ】、第八位階【大天使アークエンジェル】および第九位階【天使エンジェル】、推定二〇〇機以上』


 あの雲霞うんかのようにうごめく羽虫の全てが天使だという。こちらは戦闘機を合わせても二十四機、第九位階天使にも苦戦する私にとって悪夢でしかない光景に戦慄する。


 でも、と後ろを振り返れば、黒髪をツインテールにまとめた小柄な女の子。飛行ユニットを使わずに自らの黒い翼で空を舞い、皆の視線を受けておびえたように身をすくめる。


 最悪の状況とはいえ予測はできていた、だからヨイザカ基地の最大戦力である『彼女』を連れて来たのだ。

 黒いワンピースから覗く細い手足、けがれのない赤味を帯びた大きな瞳。私達よりもずっとランドセルが似合いそうなこの子に頼らなければならないのは心が痛むけれど、皇国魔女航空戦隊わたしたちにとって、いや、人類にとって他に対抗手段は無い。少女未満の女の子にウメコ中隊長から無慈悲な要請がかかった。


「ソロネ、準備はいいかい? 一丁やってもらうよ」


「……わかりました」


 ソロネと呼ばれた女の子のおびえたような目。無力な私にできる事など何も無い、この子はこれからあの巨大天使と雌雄を決しようというのに。せめてもの贖罪しょくざいと思い、震える小さな体を抱き締めた。


「ごめんね、ソロネ。お姉ちゃんも一緒だからね」


「うん。お姉ちゃん、大好き」


 ツインテールの小さな頭を愛おしく撫で、飛行ユニットの翼をはためかせてその場から退避。十分すぎるほど距離をとった頃、空間に異変が生じた。


 空がきしむような音を立てて黒い稲光がはしる。小柄な少女を中心として闇色の球体が現れ、雷光を伴って膨れ上がり、やがてそれは生物の形をとった。捻じ曲がった二本の角、背中には漆黒の翼、裂けた口に乱杭歯らんくいば、力強く長大な尻尾。この世ならぬほど巨大で、醜悪で、禍々まがまがしい存在は醜く変化へんげした己の姿を嘆くように悲しげな咆哮を放った。それは全方位に衝撃波を生み出し、迫り来る天使ばかりか私達までその翼を一時いっとき止めた。




 私は唇を噛んでその姿を見上げた。もちろん私はソロネの本当の姉ではない。彼女の本当のお姉ちゃんは、この背中に背負う飛行ユニット【ウェリエル】。そしてあの子の正体は、第三位階悪魔【ソロネ】。


 私達が所属するマヤ皇国は、悪魔と呼ばれる存在と共闘している。

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