皇国魔女航空戦隊

田舎師

序章 ヨイザカ沖邀撃戦

皇国魔女航空戦隊(一)

 基地の各所で警報音が鳴り響く。


 緊急出動スクランブルを告げるそれも、格納庫と兵舎と倉庫が建ち並ぶ様も、濃緑色のヘルメットに迷彩服という軍装も、旧世紀の頃から変わらないらしい。


 私の服装はそれとはちょっと違う。初夏だというのに裾の広がった黒い衣服、白い首巻マフラーに手袋、編み上げの軍用ブーツを鳴らして走る。

 円の中にHマークのヘリポートまであと百メートル。直射日光に熱せられたアスファルトは照り返しを受けて陽炎かげろうが立つほどで、「愛機の主翼で目玉焼きを作った」などという冗談もこれでは笑えない。


 お腹の底に響くプロペラの音、視界の端では誘導員のハンドサイン。四式戦闘機、愛称【ふくろう】の操縦席でゴダイ曹長が右手の親指を立て機体を滑走させる。突風が渦巻き土埃が舞い、口の中が砂だらけ。もし規則通りに航空眼鏡フライトゴーグルをかけていなければ目に砂が入って悶絶していたかもしれない。


「すみません、遅くなりました!」


「あら、ミサキが最後なんて珍しいわね」


 ユリエ少尉は笑って済ませてくれたけど、本来これは許されない。待機状態から五分以内で離陸できなければ緊急出動スクランブルたり得ないのだから。救援要請を発した友軍艦隊が今この時にも敵襲を受けているかもしれないのだ、妹のソロネがお腹が痛くてトイレにこもっていたなどという事情は言い訳にならない。


 呼吸を整える暇もなく、整備士さんから黒いランドセル型の飛行ユニットを受け取り背負う。小隊長を務める妙齢のユリエ少尉は整備士さんに微妙な顔をされることがあるけれど、十六歳の私も大して変わらないと思う。ちなみに最年長と思われるウメコ中佐の年齢を口のに乗せることは厳禁とされている。




「第一〇七航空戦隊、ミサキ・カナタ准尉です。飛行ユニット【ウェリエル】起動」


『氏名、個体情報一致。【ウェリエル】起動、全機能良好オールグリーン


 人工的な声がランドセルから発せられ、髭面ひげづらの整備士さんが長大な銃身の武装ユニットをランドセル両脇のフックに取り付けた。ずしりと背中に荷重がかかり、半歩よろけて慌てて姿勢を立て直す。


『武装ユニット装着を確認、二〇ミリ魔銃一門、七・七ミリ連装魔銃一門。固定しますか?』


「武装ユニット固定。翼部展開、離陸準備」


『武装ユニットを固定します。翼部展開完了、離陸準備よし』


 AIとのやり取りの後、整備士さんが退避したのを見届けてユニット左右の翼を展開し、誘導員さんの指示に従って整列。突風とともに砂埃を巻き上げ、中隊の皆が順次離陸を開始する。

 飛行ユニットの離陸は航空機のそれと異なり、滑走を必要としない。全幅五メートルに及ぶ暗灰色の翼を一杯に展開するとともに『魔力』と呼ばれる力を応用して力場を形成し、鳥の羽ばたきよりもよほど滑らかに宙に舞い上がることができるのだ。


 ……というのは座学で学んだことの受け売りで、私がすることといえば戦闘用AIに一言命じるだけ。


離陸テイクオフ!」


離陸テイクオフ


 微かに茶色を帯びたショートボブの黒髪が舞い上がる。ふわりと柔らかな空気の流れが体を包み、奇妙な浮遊感に身をゆだねる。次いで巨大な翼がひと羽ばたき、瞬く間に地面が遠ざかる。私は数秒と経たぬ間に蒼穹そうきゅうの住人となった。




 青い。どこまでも青い。


 空の青さも地平から湧き上がる雲も、夏の始まりを伝えている。眼下に望む緑の森も白い砂浜も、かつては人々の声に満ち溢れていたのだろう。それを過去のものとし、今また奪い去ろうとする敵を、私達は迎え討たねばならない。




 一番機はユリエ少尉、汎用はんよう飛行ユニット【ゼロ式】。


 二番機はコナ准尉、汎用はんよう飛行ユニット【ゼロ式】。


 三番機は私、特殊飛行ユニット【ウェリエル】。


 それに続くのは有翼生物【ソロネ】。




 私達は広く『魔女』と呼ばれている。黒衣ローブまとほうきまたがるそれのように大空を駆けるためか、魔法を操るように敵を打ち滅ぼすためか、あるいは悪魔と手を結び戦いに魂を捧げるためか。


 三機と一人でダイヤモンド状に編隊を組み、さらにそれが三組集まって中隊を成した私達は、たった今飛び立ったヨイザカ海軍基地を後方に見て南下。大平洋だいへいよう上空五〇〇メートルで十二機の四式戦闘機から成る基地航空隊の後ろについた。


 風がうなる。眼下には無限に連なる青緑色。やや左下に視線を移せば、眼鏡ゴーグルに投影された色彩豊かな図形と数字の羅列。有線ケーブルで飛行ユニットと接続されたそれには緯度経度、高度、速度、魔力残量が表示され、そして視界の中央には十字型の照準器。


 その情報によれば現在速度は時速約一五〇キロメートル、体を覆うように展開されている物理障壁フィジカルコートが無ければ風圧で呼吸ができないだろう。私達はこの飛行ユニットに蓄積された『魔力』と呼ばれる力で飛行し、戦闘用AIを通して命令することでそれらを制御、場合によっては戦闘を行うことができる。




「敵影確認。十一時の方向、海面付近」


 耳元で聞こえたのは近距離全体通信、コナ准尉の声だ。あの子は裸眼ではほとんど何も見えないくせに、矯正付きの眼鏡ゴーグルを付ければ誰よりも目敏めざとくなる。


 正面やや左の水平線付近に視線を送れば、小さな黒い点がいくつか。この距離から敵を視認できるなんて、と改めて感心する。次第に大きくなる影はおそらく味方の輸送艦とその護衛艦隊。いくつも黒い煙が上がっているのは機関部に損傷を受けたためだろうか。その上空に群がる白い羽が生えた生物に対して対空砲火と機銃で抵抗しているのだろうが、遠目にもそれは頼りなく映る。


 通信に雑音が混じりだす。通信だけではない、『敵』はそこに存在するだけで電波や赤外線を妨害してしまうため、旧世紀に発達したという電波探知機レーダー感知装置センサーの類が使用できないのだ。


 おまけに『敵』は上空一〇〇メートル未満の低空域を主戦場としている上に小型・低速で機動性に優れるため、大型・高速・精密誘導兵器搭載の航空戦力が用を為さず、結果として旧世紀の人類は敗北を重ねた。

 追い詰められ文明水準が大きく後退する中、人類は新たな希望を見出した。かつて自分達はそのような戦場で戦ってきたではないか――――


 つまりこれから始まるのは旧世紀のさらに前、人類が大空を戦場とし始めた頃のように敵味方が入り乱れ、機銃弾と魔銃弾が空を埋め尽くす『空戦』だ。私は冷たく黒光りする七・七ミリ連装魔銃の銃身を両手に握り締めた。




「基地航空隊、全機斉射用意。しかる後、第一〇七航空戦隊は敵を殲滅せよ」


「第一〇七航空戦隊、了解」


 隊長機以下、時速四〇〇キロメートルに増速した一二機の【ふくろう】が敵の集団に向けて七・七ミリ機銃を斉射。無数の白線が虚空を貫いた。

 いくつもの機銃弾を受けた人間大の翼ある白い生物は激しく身悶みもだえし、飛行能力を失った数体が水柱を上げて青と緑が織り成す波間に消えた。だが大半の『敵』は翼に損傷ををこうむりながらも姿勢を立て直してこちらに向き直る。


 この通り通常弾は『敵』に対してある程度の効果が見込めるが、比較的低速で飛行できるプロペラ機といえど自機の速度が速すぎるため、人間大の目標を捉えることは困難を極める。ましてこのように味方艦に群がられている状況では友軍相撃フレンドリーファイアが避けられない。つまり戦闘機は『敵』に打撃を与えうる有効な兵器ではあっても決定打にはならないのだ。


「突入するよ!」


 雑音の中、年老いた魔女のようなウメコ中隊長の声が耳に届いた。隊長機に続いて翼を傾け全機が降下、ほぼ同数と思われる敵中に突入する。


 数は同じでも味方の斉射で態勢を崩し、有利な上方からの総攻撃。私は魔銃を正面下方の敵に向け、迷わず引金を引いた。ユニット本体から供給された魔力が続けざまに二つの銃口から放たれる。赤味を帯びた光の弾列はやや狙いを逸れて目標の右腕から翼にかけて着弾し、空にいくつもの赤い花が咲いた。


 端正な顔立ちであるはずの『敵』は凄まじい形相ぎょうそうで向き直り、とても人間の言語では表記できない咆哮を上げつつ両手から続けざまに光弾を撃ち出した。そのうちのいくつかは私が、正確には私の飛行ユニットが展開した虹色の障壁に弾けて光の粒を撒き散らす。


『被弾確認。物理障壁フィジカルコート損傷率十七パーセント』


 背中に汗がにじみ鼓動も呼吸も収まらない中、視界の隅で赤く点滅する数字と戦闘用AIの音声が淡々と事実を告げた。


 私達は今、『天使』と呼ばれる敵と交戦している。


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