ヴィラ島沖海戦(八)

 ヴィラ島沖上空三〇〇〇メートル、先程まで機銃弾が飛び交っていた空域はずいぶんと静かになっていた。粗方あらかた空戦の決着がついたのだろう、一式戦がジャン-Ⅱを追い立てている他には視界に入るものとて無い空間をただ降下する。


「知ってる? ボクは能天使パワーも撃墜したことがあるんだよ!」


「そうなんだ」


 カンナちゃんの自慢話をうわの空で聞き流す。第六位階能天使パワー、私達人間に対して絶対の優位者とされるほどの存在。汎用はんようユニットでそれを撃墜するなんて凄いと素直に感心するけれど、今はソロネのことで頭が一杯だ。


 迂闊うかつだった、あの子にサリエルの存在を知られてしまうなんて。姉の仇が近くにいるとなれば自ら決着をつけに行くに違いないのだ、自分の不注意でソロネを危険に晒すなんてウェリエルに申し訳が立たない。


「ミサキってば、何でも背負いすぎじゃないの?」


「えっ?」


 また関係のない話かと聞き流そうとしたところ、私への忠告だと気づいて慌てて聞き返す。


「ソロネは悪魔だろ? ボク達よりずっと寿命が長いんだ、何でも面倒見てたらミサキが死んだ後はどうすんのさ?」


「だって、あの子はまだ子供で……」


「ボク達だってまだ子供さ。お姉さんぶるのはいいけど、自分の人生も大切にしなよ?」


 他人に関係なく自由に生きていそうなカンナちゃんにこんなことを言われるとは思っていなかったし、意外と周りを見ていることにも驚いた。この子はただ天真爛漫てんしんらんまんなのではなく、様々なことを承知した上でそう振る舞っているのかもしれない。


「……ん、わかった」


 仲間の意外な一面を見て取った私は、目の前の事態に集中した。つまり一秒でも早くソロネの元にたどり着き、共にウェリエルの仇を討ち果たすのだ。二人ではなく、カンナちゃんも含めた三人で。


「頼りにしてるよ、撃墜王!」


「まかしとけって!」




 蒼く広がる空と碧にぐ海の狭間はざま、その一角に悪魔と天使はいた。もつれ合うように飛び交い、光の剣と光弾を激しく撃ち交わし、その衝撃の余波は他の魔女や天使の介入を拒んでいる。


「やめなさい、ソロネ!」


 降下ダイブの勢いを止めずに一連射、互いに飛び退く天使と悪魔。


「もらったあ!」


 幼さを残す声と共に降り注ぐ二〇ミリ魔銃弾、だがカンナ少尉が放ったそれは白い翼をかすめたのみで紺碧こんぺきの海に消えた。舌打ちの音が眼鏡ゴーグルの耳元に届く。


「おい、そのガキを引っ込めておけ。邪魔だ」


 赤味を帯びた魔剣サーベルを手に言い捨てたのはサツキ少佐、この人とカンナちゃんならあるいはと判断した私はソロネの手を引いて後退した。


「おいで、ソロネ。カンナちゃんに任せよう」


「ううう……」


 握ったソロネの左手から血がしたたっている、ずたずたに裂かれた水色のワンピースから覗く白い肌にもあざが残されている。

 その事実に愕然とする。あのサリエルという天使は人と隔絶した存在であるはずのこの子に傷を負わせるほどの敵なのか、これではいくら皇国が誇る撃墜王が二人がかりでも……


「やあああっ!」


 意図的にそうしたのだろう、カンナ少尉が放った七・七ミリ魔銃弾はような射線を描いて天使を取り巻いた。小煩こうるさげに翼でそれを打ち払うサリエル、そこに魔剣をかざしてサツキ少佐が迫る。


「喰らえ、化物ばけもの!」


 だが打ち下ろされた魔剣は白く輝く剣にはばまれる。舌打ちの音が耳に届き、二人の撃墜王は巨躯の天使を左右から見上げる形になった。


「小さき者よ、その悪魔を差し出せ。ならば慈悲を与えよう」


 これで二度目、サリエルが私達の言葉を扱えるのは間違いない。でも理解よりも早く訪れたのは全身の血が沸騰するような怒りと憎しみ。この天使は、こいつはウェリエルを奪ったばかりか今度はソロネをも奪おうとしている。それを突き付けられた私は、らしくもなく感情のままに引金トリガーを引いた。


「渡すもんか! 天使あんたなんかに!!」


 三方からの斉射をひと羽ばたきで逃れた力天使ヴァーチェサリエルは、無慈悲に輝く金色の瞳を魔女達に向けた。



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