堕天-フォールダウン(四)
黒雲が渦巻き、風が吹き荒れ、空が
「怖くはないか、ソロネ」
「うん!」
不吉極まる空の下、後ろを振り返れば黒い翼。小さき悪魔は無邪気な笑顔を見せた。
実際に行動に移してみれば、迷うほどのことは無かった。
ゼガリエルの
「どこへ行く、ウェリエル」
濁った空の下、聞き慣れた声に振り返ればサリエルの姿。下級天使を十匹ばかり連れているところを見ると、早くも私の意図は露見したのだろう。
「ウェリエル、神命に逆らうつもりか?」
「神命だと? ゼガリエルは神ではない」
「だが俺達を産み落とした偉大なる存在だ」
「それがどうした。飢えて泣き
雷光が
「
「私は私よりも大切なものを知った。是非もなし」
サリエルの目に殺意の光が灯り、その右手には光の剣が現れた。当然のことだ、
「叛逆者を
一斉に挑みかかる下級天使、だがその行動は私の予測するところであった。折り畳んだ両の翼を一息に開放すれば無数の白き羽根が奴らを打ち据え、雨滴にかつて同胞であった者の赤が混じり合う。自らの翼がもはや純白の輝きを失いつつあることを、今更ながらに自覚する。
「行くぞ、ソロネ!」
何よりも愛しいものを小脇に抱え、暗灰色の翼を広げて同色の空へと
どれほどの時が経ったのか。さすがに翼に疲労を覚えて草原に降り立てば、目前に巨大な扉。黒地に銀の縁取りが施され、地を
だが。扉に手を触れ、やはりと落胆する。
この扉は次元を隔てた異界に通じる門ゆえに、第三位階以上の者でなければ開くことができぬ。
「そこまでだ」
背後に現れしはサリエル、
どうやら奴の言う通り、これまでのようだ。ソロネと
「もはやこれまで。力の限り逃げよ、お前は私の――――ソロネ?」
小さき悪魔が
ただならぬ気配に振り返れば、ソロネの体は闇色の球体に包まれていた。それは雷光を伴って瞬く間に膨れ上がり、奇怪な生物へと
「馬鹿な……ウェリエル、お前は何という者を……」
空が震える。地が
これは第三位階悪魔、ソロネ。突如として
一方的な
「ウェリエル様……ソロネのこと、怖い?」
「……怖いものか。私はお前が何より愛しいのだから」
第三位階たるソロネが開いた扉の向こうには軽やかな薄雲を浮かべる
「怖くはないか、ソロネ」
「えへへ、だいじょうぶ。ソロネもウェリエル様が、いとしい? から」
未開の森で、遥か高山で、絶海の孤島で、私達は共に時を過ごした。いつしか私の髪は漆黒に染まり、顔や体つきも、声さえも悪魔のそれに変わっていた。
そしてあの日。空が割れ、白き翼の者どもが襲来した。いよいよ飢えたゼガリエルが餌として人間を欲したのだろう。
来るべき時が来た。私は戦う
そして彼らは実に様々な感情を有し、豊かな言葉でそれを表現することを学んだ。私はソロネに対するこの感情を何と呼ぶかを知り、ソロネは私のことを人間の言葉で『肉親』を意味する『お姉ちゃん』と呼んだ――――
「ま、聞いた話だけどな。お前はウェリエルよりずっと短い時間で『お姉ちゃん』と呼ばれたんだ、大したもんだよ」
悪魔メリリムは最後に残った皇国酒を
ウェリエル。ソロネのために堕ち、人間のために落ちた天使。あまりにも小さな私の背中は、果たして彼女の思いを背負えるだろうか。
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