第二章 星形城砦ヲ攻略セヨ
ラビットガール
故郷のイナ州に比べればとても冬とは呼べないヨイザカ市のこの季節も、
聖歴一〇八年十二月十五日。『帥』作戦終了から二カ月が経ち、しばしの休暇を終えた私たちは既にそれぞれの艦に戻り訓練を再開している。
ただ、その内容が気になるといえば気になる。発着艦訓練はもちろんのこと、地上目標に対しての強襲、地上部隊との連携に重点が置かれているようなのだ。近いうちに地上拠点を目標とした制圧作戦が発せられるのではないかとの憶測が飛び交っているのはそのためだ。
濃緑色の機体が滑るように移動を終えて風防が開くと、中から現れたのは女性としても細身の体躯、ヘルメットの横には
「カオルさん! お疲れ様です!」
全長二五七・五メートルの巨大な船体を揺らすほどの強風の中でもなんとかその声が届いたか、ヘルメットを脱いだ女性は照れたように微笑み控えめに手を振ってくれた。
カデクル戦闘隊カイト小隊、カオル上等兵。数少ない女性の戦闘機乗りだからではなく、私は彼女に対してちょっと特別な思いがある。
あれは『
怖い。自分が死ぬことがではなく、ウェリエルから受け継いだ思いを果たせないことが。私は強く
だが収納庫に収められた暗灰色の翼にそっと触れると、返ってきたのはぼんやりとした『否定』の意思。気のせいかもしれない、特殊ユニットに意識が宿っているなど出来の悪い
「私じゃ駄目なの? ウェリエル……」
その帰り道で
「
つい私が
きっと眠れずに兵舎から抜け出して来たのだろう。肩に掛かるほどの長さの髪は乱れているし、服装も部屋着のままだ。時刻はとうに
「あの、こんな時間にどうされたんですか?」
「あ……! 申し訳ありません!」
『
ずっと年上に違いないこの人が私に対して
彼女がノートに何かを書き留めているのにも気付いてはいた。
遺書か、と思った。自室の机に、あるいは私物の奥にそれを
ただ意外に思ったのは、彼女が顔を伏せて泣いていたこと。
それらを有しているはずの彼女がこれほど打ちひしがれているのには、余程の心残りがあるのだろうと思った。密かに慕う人がいるのか、それとも心の支えを失ってしまったのか。
「それは誰に?」
「う、これは……」
誰に宛てた遺書か、なんて尋ねるつもりはなく、単に話のきっかけが欲しいだけだった。
だが私の予想は大きく外れた。彼女は遺書ではなく架空の物語をノートに書き留めていて、それが未完に終わることを何よりも恐れていたのだ。
たぶんそれを見せてくれたのも階級のせいで、私はこのとき職権乱用に近いことをしてしまったのかもしれない。そのお話は私にとってちょっと刺激的で、肌寒い深夜だというのに顔が熱くなってしまうような内容だったのだけれど、それだけになんだか続きが気になって落ち着かない気分になってしまった。
旧世紀にはそれこそ掃いて捨てるほど作られたという素人の創作物も、今ではそれを手掛ける人はほとんどいない。それを発表する場もなければ受け取る側に余裕もなく、たまに見かけるものは国威発揚や政治思想満載の代物ばかりで、手に汗握るような英雄譚も、読んでいるこちらが恥ずかしくなるような恋物語も新たに作られることはないのだ。
『そういえばさ、ミサキの趣味って何?』
『ところでミサキ准尉、きみの趣味は何かな?』
コナちゃんにもルミナ少佐にも同じことを聞かれたけれど、私に定まった趣味は無い。明日をも知れぬ身で、妹を守らねばならない身でそれは無意味なことに思えたからだ。
でもこの人は違う。『
この人は新たな物語を
だから私はこの人の名前を知りたいと思った。ノートを見られてしまった気恥ずかしさからか顔を伏せて、でもそれは確かに私の耳に届いた。
カオル上等兵、その名前は
――――この日
『
両親と妹、それからウェリエルが沈んだあの海峡を、私は五年ぶりに越えることになる。
◆
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
この回に登場したカオル上等兵は、本作の二次創作である『街灯の下の友達』
https://kakuyomu.jp/works/16818093085155330983
を書いてくださった京野 薫様の許可のもと、主人公の名もなき女性戦闘機パイロットを逆輸入させて頂きました。素敵な二次創作を頂きましたこと、掲載の許可を頂きましたことに改めてお礼申し上げます。
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