『祥』作戦発動

 イナ州は皇国北方に位置する最大の島であったが、五年前にルルジア連邦の大攻勢を受け全域を失陥した。

 その最大拠点である星形城砦ザリュウガクを攻略せよという『しょう作戦』はたった三日後、一二月一八日に開始される。参加する艦艇および航空戦力は以下の通り。




 戦艦クラマ、航空母艦カデクル、巡洋艦二、駆逐艦四、一式艦上戦闘機四〇機、九八式艦上爆撃機三二機、第三魔女航空戦隊一二名、以上第七艦隊。


 巡洋艦一、駆逐艦四、揚陸艦二四、以上第八艦隊。


 四式戦闘機三六機、魔女二四名、以上ナナイケ航空基地。


 総司令官カナメ・ミギタ大将、第七艦隊司令官サダミツ・モダ中将、第八艦隊司令官ジロー・ウエノ中将、陸上軍司令官ガイ・テラダ中将。




 尚、『しょう作戦』は三段階に分けて実施される。


 一、第七および第八艦隊は大規模演習と偽り出航し北上、ヨイザカ沖東二〇〇キロメートルの海上にて合流。進路を北北西にとりマヤ皇国領北端に到達、スルガ海峡に進入し、ナナイケ基地航空隊と連携してイナ州南岸地帯の砲台群を沈黙させる。


 二、第八艦隊の揚陸艦より地上戦力を上陸させ、イナ州南岸地帯に橋頭保きょうとうほを築く。敵艦隊の妨害があった場合は第七艦隊およびナナイケ基地航空隊がこれを排除する。


 三、順次増強された地上戦力と第七艦隊が連携して占領地を拡大しつつ北上、最終的にイナ州南方の重要拠点である星形城塞ザリュウガクを攻略する。




「以上よ。何か質問は?」


 ヨイザカ海軍基地総合管理棟二階、第二会議室。第三魔女航空戦隊隊長ユリエ少尉はさほど広くもない部屋を見渡した。

 着席しているのは私を含めた魔女十一名。にわかに声を発する者もなく、燃料節約のためか肌寒い室内には沈黙が漂うばかり。


 正直なところ、話が急すぎてまだ理解が追いついていない。


 演習の様子から近いうちに敵地上拠点を目標とした作戦が始まるのではないかと予想されてはいた、だが広大なイナ州の最大拠点を目標とする大規模作戦を、それも三日後に開始するとは思ってもみなかったのだ。


 前回の『すい作戦』とは異なり、本作戦はこれまで完全に秘匿されており、士官である私達に明かされたのも今日この時が初めてだ。それどころか下士官以下には演習であると偽ったまま出航することになるというのだから徹底している。


「あの……」


 誰も言わないので仕方なく手を挙げると、ユリエ少尉は小さく頷いて先をうながした。


「イナ州攻略をこの季節に進める理由は何でしょうか?」


 私の故郷であるイナ州はこのヨイザカ市から一〇〇〇キロメートル以上、緯度にして六度から八度も北に位置しているため寒冷な気候で知られている。十二月ともなれば雪が降り、年が明ければさらに気温が下がり、地方によっては行軍どころか野営すら困難になる。今よりも格段に生活環境が整っていた旧世紀でさえ凍死者が出るほどの地域を、何故わざわざ冬季に攻略せよというのか。


「だからこそ意表を突くことができる、と上層部はお考えよ。もうすぐルルジア主力艦隊は氷に閉じ込められて出撃できなくなるし、イナ州とはいえ南岸地帯はそれほど寒さは厳しくないわ」


 納得した訳ではないが、それきり私は沈黙した。隊長の言葉ではなく表情からあきれとあきらめが伝わってきたから。きっとそれは私に向けられたものではない。


 ユリエ少尉の言葉の後半は、まあ正しい。マヤ皇国よりも寒さの厳しいルルジア連邦では港が完全に結氷して、春を迎えるまで艦船の出入りができなくなる。

 またイナ州南部は比較的温暖な気候であり、内陸部のように平家ひらやの屋根が雪に埋もれることもなければ、東岸や北岸のように海が氷に閉ざされることもない。だがそれはあくまでな話であって、最低気温が零下一〇℃を下回ることも、暴風雪が吹き荒れることも珍しくない。人間の生存に適した環境では決してないのだ。


 そして言葉の前半は本人も信じてはいないだろう。イナ州とマヤ皇国を隔てるスルガ海峡は最も狭い箇所で幅一五〇キロメートル足らず、航空機や魔女であれば指呼しこの距離と言って良い。季節や気候がどうあれそのような箇所の警戒が緩むことなど期待できない。


 察するにこの『しょう作戦』を命じた上層部には何らかの思惑があり、彼らにとっては数万の将兵をこごえさせてでも達したい目的があるのだ。ユリエ少尉もそれを承知した上で口を閉ざしている、全くもって大人の世界とは理解しがたい。


「他に質問は無いわね? 本作戦は航空戦力による奇襲という性質上、情報漏洩を固く禁じることを改めて申し伝えます。以上解散」


 解散を告げるユリエ少尉の表情も声も、見たことも聞いたこともないほど硬い。彼女は私達をこの作戦に参加させることを快く思っていないのだろう、それほどの困難が予想されるということか。




 渡された資料を破棄しつつ窓の下に視線を送ると、すっかり葉を散らした木々が木枯こがらしに揺れている。

 イナ州の冬はこんなものではない。数分も歩けば耳や手先がしびれ、欠伸あくびをすれば睫毛まつげが、鼻で呼吸をすれば鼻毛が凍る厳寒の地だ。幾人もの兵士が敵弾にらずして倒れることだろう。


 それでも私は、と奥歯を噛み締める。


 ただ逃げ惑うだけの人々の命を雑草のように刈り取った天使と、彼らにくみし故郷を蹂躙じゅうりんしたルルジア連邦にいよいよ意趣返しができるのだと思えば、心に暗い炎が揺れるのを抑えることができなかった。


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